かつてそのニックネームである「ハリケーン」の如くカレッジフットボール界にその名を轟かせたマイアミ大。1983年から10年間にナショナルタイトルを4つ、さらに2001年にも5つ目を獲得しており、80年代から2000年代前半にかけて強いチームの代名詞としてカレッジフットボール界を走り抜けたチームです。
しかし転機が訪れたのは2004年。当時Big Eastカンファレンスに所属していたマイアミ大はカンファレンスエクスパンション(拡張)の波に乗りBig Eastから現在の所属先であるアトランティックコーストカンファレンス(ACC)に移籍。男子バスケットボールのメッカと知られていたACCをフットボールでも強いカンファレンスに、という大きな期待を背負い、またフロリダ州立大一辺倒だったACCに風穴を開けるだろうという予想を受けながらカンファレンスを移籍しました。
しかし結果的にACCに移籍以降はタイトルを獲るどころか地区優勝もままならない結果に陥り、また監督選びでもことごとく失敗していつしかあの強いマイアミ大の姿は全米の表舞台から消えることになってしまいました。
2003年を最後に二桁勝利に手が届いていなかったマイアミ大ですが、2015年には当時5季目を迎えていたアル・ゴールデン(Al Golden)監督をシーズン終盤にとうとう解雇。シーズン後に新たな指揮官探しが始まりました。そしてちょうど同じシーズン、15年間ジョージア大を指揮したマイアミ大出身のマーク・リクト(Mark Richt)監督が同校と袂を分かつこととなり、マイアミ大はすぐさまリクト監督に母校への凱旋を打診。これを受諾したリクト監督がマイアミ大の再建に乗り出したのです。
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結果はすぐに現れ始めました。初年度に9勝4敗とするとマイアミ大ファンはようやく信頼できる監督がチームにやってきたとリクト監督に絶大な信頼を寄せるとそれがリクルーティングにも反映してかつて無いほどの盛り上がりを見せるようになりました。そして2017年度シーズン、チームは開幕から白星を重ねなんと10連勝で全米2位までランキングで上り詰めます。残念ながら最後3試合を3連敗で終えてしまい尻窄みしてしまいましたが、自身として初のACC優勝決定戦にも出場を果たしファンや関係者たちのボルテージは更に上がっていきます。
しかし開幕時全米8位でシーズンを迎えた2018年度。ルイジアナ州立大との開幕戦に敗れると10月にはまさかの4連敗を喫し一気にランキング外へ転落。ボウルゲーム(ピンストライプボウルvsウィスコンシン大)にも敗れ7勝6敗と撃沈。シーズン前の期待度が高かったせいもあり、昨年度がっかりさせられたチームの最右翼となってしまいました。
さらに追い打ちをかけたのがそのリクト監督の突然の引退宣言。58歳(当時)での引退、さらに母校でまだ3シーズンしか終えていないということ、さらには昨年は7勝6敗ではあったものの、確実にマイアミ大のブランドが復活しつつ合った矢先の引退に多くの人が驚かされました。
関連記事マイアミ大リクト監督が突如引退宣言そして彼の後を継いだのがリクト体制下でディフェンシブコーディネーターを務めていたマニー・ディアス(Manny Diaz)氏。実は彼はオフシーズンに一度テンプル大の新監督に就任しましたが、その直後にリクト監督が電撃引退を発表し、3週間足らずでテンプル大の監督を辞してマイアミ大にヘッドコーチとして舞い戻ってきました。
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マイアミ大のお膝元であるマイアミ市出身のディアス監督としてはこのチームの監督になることは夢のまた夢であり、彼自身初の監督職ではあるもののこの機会を逃す手はなかったのです。しかしリクト監督起用に至るまで十数年間頼れる監督に出会えなかったマイアミ大ファンらは監督経験のないディアス監督起用には少なからずの不安を覚えたことでしょう。
ディアス監督新体制発足で新たな年を迎えたマイアミ大でしたが、オフシーズンに話題をかっさらったのは元オハイオ州立大QBテイト・マーテル(Tate Martell)がマイアミ大に転校してきたというニュースです。
マーテルは元5つ星のブルーチップリクルートで、オハイオ州立大ではドゥウェイン・ハスキンズ(Dwayne Haskins、現ワシントンレッドスキンズ)の後を担う人物だと目されていました。しかし、ジョージア大から同じくブルーチップリクルートだったジャスティン・フィールズ(Justin Fields)が転校してくるとなると事態は一変。当初はマーテルはフィールズに挑戦状を叩きつけるようなモーションをかけていましたが、本当にフィールズが転校するとわかるとすぐさま態度を翻してオハイオ州立大を去る決断をしたのです。そしてその転校先に決めたのがマイアミ大でした。
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昨年マイアミ大はマリク・ロズィアー(Malik Rosier)を先発QBに据えて開幕を迎えましたが、波が激しいロズィアーに代えて1年生のヌコシ・ペリー(N’Kosi Perry)を起用。しかし結局どちらもコーチたちの信頼を得るまでには至りませんでした。そしてロズィアーは卒業し、残ったのはペリー。この未確定要素たっぷりのマイアミ大なら先発QBを射止められる、とマーテルがマイアミ大行きを決めたのだとしてもそれは不思議ではありません。
しかしプレシーズンキャンプが始まるとマーテルは春季トレーニングで見せた不調さが改善されない状態が続き、そんな中コーチ陣や選手たちを唸らせていたのが1年生(レッドシャツ)のジャレン・ウィリアムス(Jarren Williams)。一時はマーテルが転校してきた際にトランスファーポータルにも名を連ねたこともあるウィリアムスでしたが、そこで踏みとどまりチームに残留。そして今回なんと先輩であるペリーと鳴り物入りで転入してきたマーテルを差し置いて今シーズンの先発QBにディアス監督から任命されたのです。
1年生ながら今季の先発QBに抜擢されたウィリアムス
ディアス監督は「3人共チームに勝利をもたらしてくれる才能を持つQBですが、その中でもジャレンが一番そのポテンシャルを秘めている選手です。」とウィリアムスを先発に選んだ理由を話しています。
ここで心中穏やかでないのはマーテルです。彼はオハイオ州立大という名門を去ることまでして先発QBとなることに固執していたはずですから、しかもNCAAから即時プレー可能という特例を引き出したこともあり、今季から先発QBとしてマイアミ大を率いあわよくばオハイオ州立大のコーチたちに一泡吹かせてやりたいと思っていたはずです。しかしそれがおじゃんとなっただけでなく、そこまでしたのに先発を取り逃がしたということで全米からの嘲笑の的となってしまったからです。
参考記事NCAAの非情な決断彼がそこまで先発にこだわったのはカレッジの先にあるNFLへの道にこだわったからに違いありません。やはり転校生の後輩に先発を奪われるというのは聞こえは良くないですし、プレーしなければ自分の実力を発揮することも出来ません。一昔前ならば自分の力でその座を確保しろというのが当たり前だったのでしょうが、チームよりも個人を優先させる今の時代ならではのマーテルの決断だったわけです(それはフィールズに関しても同じです)。だからこそマイアミ大でも先発に選ばれなかったというのはマーテルの未来設計の中では致命傷なはずです。
では彼はどうするのか。また先発が約束されていそうなチームに転校するのでしょうか?
大学入学前、全米でも有能なリクルートとされていた時、彼はワシントン大に入学することを最初に口頭で表明していましたが、後にそれを撤回してテキサスA&M大に進学先を替えました。そしてさらにまた心変わりしてオハイオ州立大に落ち着いたという経緯を持っています。つまりもしここでマイアミ大から出てしまうとなると、確実にマーテルは一つの場所に落ち着けない優柔不断な人物だとか、忠誠心のない人物だというレッテルが貼られてしまうのです(もう貼られているという話も・・・)。
実際彼はウィリアムスが先発に指名された翌日の練習には姿を表さなかったということです。よほどこのニュースが響いたのでしょうか。そうなれば精神的にも弱いのかと更にマイナス点になってしまいます。QBとはチームの顔であり、オフェンスのリーダーたる人物です。その素質が彼に備わっているのかどうかが試されているとも言えます。ここでまた新天地を目指すことになれば確実にマーテルは忠誠心のない選手とみなされ、それはNFLドラフトにおいてもいい材料になるとは思えません。
マイアミ大は今年開幕戦でフロリダ大と対戦します(8月24日)。この試合でもしウィリアムスがコケればペリーかマーテルにもチャンスが回ってくることでしょう。ここはバックアップとなる両人には辛抱してもらって出場チャンスがいつ来てもいいように準備をしておいてほしいものです。しかも今年からオフェンシブコーディネーター兼QBコーチを務めるのは昨年までアラバマ大でQBコーチをしていたダン・イーノス(Dan Enos)氏。彼はトゥア・タガヴァイロア(Tua Tagovailoa)を指導しただけでなく、ジェイレン・ハーツ(Jalen Hurts、現オクラホマ大)のパス能力を向上させた人物。彼のもとでマーテルがさらなる進化を遂げる可能性もあるわけです(もっとも他のQBたちも同じ状況なわけですが)。
いずれにしてもこのマイアミ大の「ドラマ」は今後しばらくいいネタ元として働いてくれそうです(笑)。