学生アスリートが学内で自主トレを行うことをNCAAが許可してから1ヶ月。地域やカンファレンスごとの違いはあるにせよ多くのパワー5チームは自主トレ解禁をそれぞれのキャンパスで行ってきました。
そして今月中旬にはいよいよNCAAが2020年度シーズン開幕に向けたブループリントを発表しました。
NCAAが承諾した開幕への6週間プラン
これによると開幕戦が8月29日に予定されているチームは7月6日から、アメリカの祭日であるレイバーデーウィークエンド(9月5〜7日)に開幕を予定しているチームは7月13日からチームとしてのトレーニングセッションを開始しても良いという決定が下りました。アリゾナ大、カリフォルニア大、ハワイ大、マーシャル大、UCLAが主に開幕戦を8月28日に迎えるチームでその他の大部分のチームはその1週間後に開幕となります。
9月5日に開幕するチームの場合は7月13日から7月23日までミーティングやウォークスルー(コンタクトなしの予行練習)が可能に。さらにこれまでの状況下で通常よりもトレーニングができなかった理由で選手たちの基礎体力が落ちていることを考慮してこの期間中に1週間最大8時間のウエイトトレーニングを課すことも記載されています。
そして7月24日から8月6日の間に選手たちは以下のアクティビティをこなすことが課されることになります。
- 1週間最大8時間までのウエイトトレーニングならびにコンディショニング
- 1週間最大6時間までのウォークスルー(フットボールの使用可)
- 1週間最大6時間までのミーティング(チームミーティング、フィルムセッション、ポジションミーティングなど)
これらの「準備期間」を経て8月7日からプレシーズンキャンプ入りが許可されます。キャンプ入りから開幕までに許される練習日数は25日までです。先に紹介した8月28日に開幕する数チームは上記のスケジュールを1週間前倒しにすることになります。
キャンプ入りまでの期間の行動をここまで詳細に記したのは、現在のコロナ禍の影響で満足にトレーニングに励むことができないままキャンプを迎えて開幕してしまったときに怪我などが起きないように準備するためだと言われています。
NCAAがこのようなロードマップを承認したことは2020年度のカレッジフットボール開幕にある程度の現実味が出てきたようにも思えます。しかし逆に言えばこの6週間のロードマップを施行することができなかったとしたら・・・。
コロナ第二波の到来
6月1日にNCAAがキャンパス内での自主トレを許可した背景には全体的に見て当時コロナの感染数が落ち着いてきたという事実がありました。私が住むNY近辺は当時確かに危機感を脱した感じはありましたが、それでも6月1日の解禁はまだ早いんじゃないかという危惧はあったのです。
しかしご存知かもしれませんがそれから数週間の間にこれまでのアメリカ国内のコロナ禍の中心地でもあったニューヨーク州の感染数やそれに伴う死者数が減少するなか、新たな地域での急速な感染が確認され始めました。主にアリゾナ州、テキサス州、フロリダ州での感染数の増加スピードは顕著であり、その他の深南部や南西部の州でも数が増え始めています。またコロナ禍の当初にニューヨーク州とともに大きな被害を受けていたカリフォルニア州でも感染数の再増加に伴い公共施設のロックダウンが再び施行されることになっています。
その影響は自主トレが解禁されたカレッジフットボール界でも確認されており、このサイトでもすでに紹介してきたようにクレムソン大、ヒューストン大、テキサス大、オクラホマ州立大、アラバマ大などの他にもアーバン大、カンザス州立大、ユタ大、テキサス工科大などでも複数の学生アスリートがコロナ検査で陽性を示しています。
おそらくどの大学も選手を迎え入れる上で万全の準備をしてきたことでしょう(ヒューストン大では事前にテストを行わなかったなどおざなりな体制が指摘されていましたが)。それでも複数の感染者を出してしまったところにこのウイルスの怖さを感じます。前年度準優勝のクレムソン大では実に合計30人以上の選手が陽性反応を示したとされ、それらの選手とコンタクトを取った人物らが自主隔離を余儀なくされていることでしょう。もしこれらの中にストレングスコーチが含まれていたら一体誰がトレーニングを指揮するというのでしょうか。
この件に関して現在アメリカの三大ネットワークの一つであるCBSの専属NFLアナリストとして活躍しているブーマー・エシアソン(Boomer Esiason、元メリーランド大)は、クレムソン大やSECのチームの選手たちはわざとコロナに感染していると豪語。これによっていち早く抗体を築いてシーズンを乗り切るためだと言ったのです。
WHAT!?!?
Boomer Esiason suggests Clemson coronavirus outbreak is on purpose https://t.co/BCM1bdnPcB via @yardbarker
— Any Given Saturday (@ags_football1) June 30, 2020
しかし一度感染して抗体ができたとしてもその抗体が本当に2度目以降の感染を防ぐのかも立証されていませんし、その抗体がどれくらいの期間効果を発揮するのかもわかっていません。言いたいことはわからなくもありませんが、彼ほどの影響力のある人物の発言としてはお粗末だと言わざるを得ません。
ファウチ医師の提言
上記のチームのように100人未満の学生が集まっただけで集団感染が起きてしまったという事実を踏まえれば、それの100倍以上の人が集まる大学のキャンパスでクラスター感染が起きないと考えるのはナイーブ過ぎます。そうなればキャンパスでの授業再開の目処も立たなくなりますし、NCAAも当初から話している通りキャンパスに生徒が戻れなければスポーツ活動は見送られる事になるでしょう。
アメリカ政府内でコロナ感染に関する陣頭指揮をとるアンソニー・ファウチ(Anthony Fauci)医師は先月今季のフットボール開幕の可能性について「各選手がバブルラップにでも包まれていない限り、この秋にフットボールが開催されることを想像するのは難しい」と述べています。また「もし第二波がインフルエンザの季節とかち合ったとしたら今年フットボールの試合を観ることは叶わないでしょう」とも話しています。
ファウチ医師は医師として公衆衛生の側面からこのような意見を述べたわけですが、強制力は無いにせよコロナ対策の最高顧問的な位置にある同氏が放った言葉として影響力は少なからずあるはずです。
6月の時点で確かに自体が収束するかも知れないという僅かな希望は生まれていましたが、すでにご紹介したように割と早い段階で公共サービスの再開を断行した地域でケースが増えているところを見れば地域ごとに脇が甘かったのかなと感じてしまいます。私の近所はまさに1日にとんでもない数の感染者が公表されていた地域であったため、住民らの予防への意識は高かったと思います。それに引き換え今感染が広がっている地域は油断していたのかなと思わずに入られません。
開幕されない場合のインパクト
各大学で春スポーツがキャンセルされそのまま春学期が終わってしまってから早くも3ヶ月以上が経ち7月に突入。通常ならば自主トレのギアは益々上がりプレシーズンキャンプ開始までに各々の選手がベストを尽くすべくしのぎを削るわけですが、このご時世では選手たちはコロナウイルスに戦々恐々としながら大変な制限下で自主トレに打ち込んでいるわけです。これでは通常通りのトレーニングの質を保てるのかどうかも分かりません。
そしてNCAAや各カンファレンスも今シーズンが開幕できるかどうかという決断をまだ下していないという状況。NCAAが示した開幕までの6週間のロードマップは聞こえはいいものの、行政レベルでノーを突きつけられてしまったらそれでお終いなわけです。また大学レベルでも地域によってはキャンパスに生徒を開放しないでバーチャルで秋学期を乗り切ろうというところも出てくるでしょう。そうなった時スポーツ選手だけキャンパスに入ることを許すというのもどうかという話になります。
にもかかわらずギリギリまで開幕への可能性を模索するのは各大学がアメフト開催で甘い汁を吸ってきたからであり、その収入源が絶たれるのを恐れているからでもあると予想されます。
そしてその恩恵を受ける地元地域にもカレッジフットボールが開催するかどうかは死活問題ともなってきます。
例えば強豪アラバマ大が所在するアラバマ州タスカルーサ市ですが、ここはアメリカでは典型的なカレッジタウンであり大学を中心にして町が形成されているような場所。そしてその稼ぎ頭とも言えるアラバマ大フットボール部は過去10年以上にわたりその栄華を誇ってきたわけですが、この栄華を享受しているのはタスカルーサ市そのものともいえます。
試合観戦に訪れるファンたちの宿泊費、飲食費、お土産代、交通費、その他諸々彼らが落としていくお金で街は潤っているのです。
そしてもし今シーズンのカレッジフットボールがキャンセルになった場合、ある試算では市は20億ドル(1ドル100円計算で約2000億円)の損失となるそうです。これでは街は破産してしまいます。
おそらく他のカレッジタウンでももしシーズンが開幕しないようならばタスカルーサ市と同じような現実に直面しなければならなくなるかも知れません。だからこそ可能性があるならばなんとしても開幕までこぎつけたいと願うわけです。
しかしどう考えてもフルキャパでスタジアムを埋めるなんてことはソーシャルディスタンス(三密)のことを考えれば不可能です。となれば開幕しても減収は免れないということになります。
すでにシーズンをキャンセルしたチーム
NCAA1部に所属する、フットボール関連で収入を期待できるチームにとっては開幕するかしないかは大問題なわけですが、一方で普段からフットボール活動でも収入に期待できないチームも中にはあるわけです。特にNCAA2部や3部の小規模大学、さらには1部でもFCS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン、旧1部AA)に所属するチームでも運営難の大学ではこのコロナ禍でフットボール部を維持しシーズンを乗り切る方がむしろ自身にとって金銭的に得策ではないとするところも少なくありません。
例えば2部のフロリダ工科大はすでにフットボール部を財政難で廃部にしていますし、同じく2部でジョージア州にあるモアハウスカレッジや3部のカレッジ・オブ・ニュージャージー(The College of New Jersey)、マサチューセッツ大ボストン校などの小さな大学は2020年度のフットボールシーズンをキャンセルする決断を下しています。
おそらくこういった小規模大学が開幕を断念するケースは今後も増えていくことでしょう。そしてそれがいつFCSレベルに到達してもおかしくはないと想像できます。
その急先鋒となりそうなのはアイビーリーグです。
アイビーリーグは今回のコロナ禍において真っ先に春スポーツのキャンセルを決定したリーグ。最初は皆彼らの決断に驚かされ、また過剰に反応し過ぎだと感じたものですが、それから1週間もしないうちに彼らの決断は全米中に広がっていったのです。
もともと学業重視で知られるエリート大学ばかりが所属するカンファレンスですから、それに支障をきたすぐらいならばスポーツ活動を禁止することもおそらく厭わないでしょう。
現にリーグメンバーであるイェール大は春学期には2年生を、春学期には1年生をキャンパスに呼び戻さないという決定を下したようです。そうなると秋学期にシーズンがあるアメフト部には2年生が参加できなくなるのかという問題が起きてきますし、そこから話が派生して秋シーズンは全てのスポーツをキャンセルするという結果に繋がりかねません。
開幕するの?しないの?
2020年度シーズンが行われるのかどうなのか・・・。これは非常に流動的な問題になってきます。何度も言うように6月初頭にはアメリカにおけるパンデミックの波はある程度収まっていたようにも思えましたが、現在は主に南部で第二波が襲っています。そしてテキサス州、フロリダ州らはアメフト界において最高レベルの土壌であり、ここでパンデミックが広がっていくとなるとアメフトをやっている場合ではなくなります。そうなればシーズン中止が現実を帯びてくることになるでしょう。
NCAAが示した6週間のロードマップを考慮すれば向こう2週間が今季開催するかどうかを決断する山場となりそうです。
個人的には何だかんだ言って開幕するだろうと高をくくっていましたが、現在のアメリカでの感染のトレンドを見るとちょっと開幕は怪しいのかな・・・と感じるようになりました。
どうなることやら・・・。