メル・カイパー・Jr 〜NFLドラフトの重鎮

メル・カイパー・Jr 〜NFLドラフトの重鎮

いよいよ2021年のNFLドラフトまであと僅かとなりました。当サイトはカレッジフットボールを主に取り扱うサイトですので、ドラフトに関して言えば大学時代の活躍を通してカレッジフットボールのファンの視線でざっくりとドラフト候補生たちを紹介してきました。

ですので、NFLの専門家やNFLに精通されたファンの皆さんのブログなどと比べれば当然内容は浅く、特に予想ドラフトとも言えるモックドラフトに関して言えば正直メディアで議論がかわされている内容程度しか認知しておりません。NFLチームのファンの皆さんにしてみれば、自分たちのチームにどのポジション選手が必要なのかを見極めてどのドラフト候補選手を指名するべきかを考えたりするのが楽しかったりしますよね。

ところでモックドラフトといえば忘れてならない人物がいます。モックドラフトという言葉を成り立たせたとも言える、ドラフト専門で候補者を分析にチームの状況に応じてドラフトの「ビッグボード」を発表し続ける「ドラフトの顔」たる専門家・・・。それがメル・カイパー・Jr(Mel Kiper Jr)氏です。

今回はそんなカイパー氏にスポットライトを当てたいと思います。

趣味が講じて・・・


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メル・カイパー・Jr(左)

NFLのドラフトというものはかつてチームのオーナーがホテルの一角に集まってほそぼそと行っていたものでした。実施当初からしばらくの間そのような状況が続き、ドラフトの結果には注目が集まるもののドラフト自体のプロセスは長い間特に報道されることもなかったのです。

参考記事NFLドラフトの歴史

しかしNFLの人気がカレッジフットボールを追い抜き、スポーツのエンターテイメントとして確立してきた1970年代、チームの戦力補充の重要な一面としてドラフトの重要性がファンたちにも浸透すると徐々にドラフトされる選手だけでなく、どのチームにどの選手が必要なのかという議論が次第に多くなっていったのです。

そんな時に現れたのがカイパー氏でした。

ドラフトのシステムに興味を持ったカイパー氏は物心ついたときからそのプロセスにのめり込み、何と18歳の頃にドラフト候補生および各プロチームがどの選手を指名すべきかを独自に紹介するラジオ番組を立ち上げるまでに至りました。それが出来たのも当時住んでいた家にパラボラアンテナが備え付けられており、それにより様々な試合の情報にふれることが出来たことが影響していたのだとか。

18歳でラジオ番組を始めた際、そんなコンテンツを世に送り出しているのがまさかティーンエイジャーだとは誰も思わず、リスナーの中にはカイパー氏が40代のおじさんだと思い続けていた人も居たそうです。

我流でドラフト候補生の情報を集め、それをリスト化したカイパー氏は各NFLチームにそれを送りつけたそうです。そしてそのリストに関する感想を求めどこをどうすればより使用価値のあるリストになるのかを毎年研究し続けました。

その過程で知り合いとなったコーチの中にはドン・シュラ(Don Shula、元マイアミドルフィンズ監督)氏やビル・ウォルシュ(Bill Walsh、元サンフランシスコ49ers監督)氏などの名将も含まれており、若きカイパー氏にとってはモチベーションを上げるに足りる経験を積んだのです。

以来彼はドラフトアナリストという職業を確立して現在まで第一線で活躍しています。2021年度のドラフトは自身43回目のドラフトということですから驚きです。

当初NFLドラフトはニッチなカテゴリーとしてカイパー氏と同じようなマニアのみが食いつくコンテンツでしかありませんでした。それを現在のような超派手な恒例の一大イベントにまで成長させたきっかけを作ったのはカイパー氏であることは確かです。

今でこそ有名なスポーツメディアにはドラフトアナリストがおり、独自に候補選手を分析してプロチームとマッチアップさせてモックドラフトを行うようになりましたが、その全てはもとを正せばカイパー氏の業績があったからこそであり、彼らは皆今でもカイパー氏の背中を追い続けているのです。


ドラフトアナリストという仕事


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当然各NFLチームにはスカウトが居たりアナリストが居たりして彼らが独自にドラフトのためのプロセスを粛々と行ってきたわけですが、それを一般の視聴者やファンが知る方法はありませんでした。それを代わりに行いメディアで紹介しだしたのがカイパー氏だったわけで、ジャンルはニッチなものだったとしても需要は確かにあったため、この分野が成長するポテンシャルは大いにありました。

しかしカイパー氏が抜きん出ていたのはそのキャラクターでした。見た目は超真面目。メディアに映る時はいつでもスーツにネクタイ。オールバックな出で立ちで喋りは早口。辛口な論評を繰り広げることも珍しくなく、そんな存在感もあってドラフトアナリストといえばメル・カイパー・JRという構図が出来上がったのです。

ただ批判や陰口がなかったわけではありませんでした。ブルーオーシャンだったこの分野に一人で進んでいったカイパー氏に対して「なんでこんな無駄なことをやっているんだ?」とか「素人のくせに生意気だ」とか「誰も興味など持たない」などという声はたくさん聞かされたそうです。

そんな批判の声も年を追うごとに消え失せていったのですが、カイパー氏自身はその要因としてインターネットの普及を挙げています。

それは世の中に潜在的に存在したドラフトマニアたちが自分たちの発信源をインターネット上に見つけたことで彼らの意見が世に出る様になったからです。そんなファンたちが各々にモックドラフトを行い意見交換することで、その「神」ともいえるカイパー氏の存在価値が急上昇したというわけです。

新分野の開拓者

とはいえ現在のような状況に至るまでは長い道のりでした。メディアにおけるドラフトアナリストの草分け的存在だったカイパー氏ですが、ご想像どおり当初はNFLドラフトにそこまでメディア内に需要があったわけではありませんでした。

そんな中、早い段階から市場としての価値を見極めていた、当時新進のスポーツ専門局だったESPNは1980年にドラフト専門の番組を放映することにしましたが、当のNFLは全く乗り気ではありませんでした。当時のNFLコミッショナーであるピート・ロゼル(Pete Rozelle)氏もこの話を聞いた時にこんなイベントが商業としてうまくいくとはこれっぽっちも考えていなかったのです。「指名選手の名前をただ読んでいくだけの番組を誰が視聴するのか?」と。

しかし当時カレッジフットボールは全米各地で行われていましたが、テレビで土曜日に放映された試合は1〜2試合のみ。ですからファンたちはカレッジチームの躍進などは新聞やラジオでしか触れることができず、実際の選手の活躍などを自分の目で見ることは難しかったのです。

自分の贔屓のチームがどの選手を補充すべきか?そしてその候補選手たちはどんなプレーヤーなのか?そのような疑問が湧いて出るのは当然でした。

そういった意味では各大学の選手の分析というこの分野には確かにマーケットとしてのポテンシャルはあったのです。

1983年のNFLドラフト中継

そんな感じで手探りでドラフトの様子を放送するようになったESPNですが、放送開始から5年目となった1984年に当時若干23歳だった新進気鋭のカイパー氏をドラフトアナリストとして抜擢。

当時ボルティモアコルツのスタッフに内定していたカイパー氏。1983年といえばコルツがジョン・エルウェイ(John Elway、元スタンフォード大QB)氏を総合ドライチで指名した年であり、そしてこのシーズンを最後にコルツはボルティモアを去ってフランチャイズをインディアナポリスに移した時代でした。

当時のコルツのGMだったアーニー・アコーシ(Ernie Accorsi)氏のアシスタントとして就職が内定していたカイパー氏ですが、当時エルウェイ氏はコルツ入団を断固として拒み、指名後に自身をトレードに出さなければ野球選手としてニューヨークヤンキース入りするとまでコルツに迫っており、すでにゴタゴタ状態でした。

そしてチーム自体がボルティモアからインディアナポリスに移転するかもしれないという話が沸き起こると、アコーシ氏はカイパー氏がボルティモア出身であることを考慮してこのアシスタントの話はなかったことにしようということになったのです。

そんな折、ESPNがカイパー氏をヘッドハンティング。ドラフトのブレーンとしてドラフト当日の番組に抜擢されたカイパー氏でしたが、コルツがボルティモアから撤退することになった直前にGMのアコーシ氏が解雇されたことを考えると、もしアコーシ氏がカイパー氏の内定を取り消していなかったらひょっとしたらカイパー氏がESPN入りすることもなかったかもしれませんし、そうなれば現在のようなドラフトの盛り上がりになっていなかったのかもしれません。

このようにしてテレビ番組に23歳の若さで起用されたカイパー氏は右も左もわからぬままに当時ESPNでエースアンカーだったクリス・バーマン(Chris Berman)氏とボブ・リー(Bob Ley)氏とともに表舞台に立つことになります。

当時は緊張して声もほそぼそとしてたそうですが、バーマン氏とリー氏にいつもどおりのトーンで話してくれればいいと助言されて次第に現在のような存在感のある喋り方に変化していったそうです。そしてよりアグレッシブなカイパー氏のキャラクターが確立されるのと同じスピードでESPNでのドラフトカベレージは知名度を上げていきました。

それはカイパー氏のドラフトにかける情熱と豊富は情報源、そしてESPNがこのマーケットの成長を信じたある意味博打行為が功を奏したからだと言えます。

また年を追うごとにカイパー氏の仕事のスタイルも時代を経て変わっていきました。

1980年代にはまだパソコンは普及しておらず、ドラフト候補選手のリポートはすべてタイプライターで入力。間違った文字は修正液の上からタイプし直すため時にリポートは修正液でガチガチになってしまうことも。

また選手たちの情報を仕入れるために大学のコーチらに電話して回ったそうですが、その総時間数は1週間に20時間以上に登ることもあったそうです。というのも当時は詳しいスタッツは公表されておらず、それを知るためには各チームに問い合わせる必要があったのです。

ただそのお陰でカイパー氏は各大学のコーチや広報担当などとの繋がりが出来たことが後々の自分の仕事をやりやすくしたと回想もしています。

1994年ドラフト

1984年にESPNのドラフト番組に参加して以来カイパー氏はその知識とキャラクターで確実にドラフト博識者の地位を固めていき、1990年に入っても「ドラフトがあるところにメル・カイパー・JRあり」と言われるほどまでに彼の認知度は高まっていきました。

それから10年の月日がたった1994年のNFLドラフト。カイパー氏としては10周年という記念すべきドラフトを迎えたわけですが、この年のドラフトはまた違った意味で記憶残るドラフトとなったのです。

この年のドラフトで第1巡目総合2番目の指名権を持っていたインディアナポリスコルツサンディエゴ州立大のRBマーシャル・フォーク(Marshall Faulk)氏を指名。さらに第1巡目第5番目の指名権も持っていたコルツが誰を指名するのかに注目が集まっていましたが、ここで彼らが選んだのはネブラスカ大のLBトレヴ・アルバーツ(Trev Alberts)氏でした。

ここの指名の様子を生放送で紹介していたESPNのクルーには当然カイパー氏も混ざっていたのですが、このアルバーツ氏を指名したコルツにカイパー氏は食って掛かったのです。彼らはアルバーツ氏ではなくQBトレント・ディルファー(Trent Dilfer、元フレズノ州立大)氏を指名するべきだった、と。

当時コルツの先発QBは現ミシガン大監督のジム・ハーボー(Jim Harbaugh)氏でしたが、コルツは将来を見据えてディルファー氏を取るべきだったとカイパー氏は主張し、コルツの選択をこき下ろしたのです。

するとそれを聞いていたコルツのGMビル・トビン(Bill Tobin)氏が激怒。生放送でのインタビューでトビン氏はカイパー氏の発言に関してこう吐き捨てたのです。

「メル・カイパー・Jr?一体やつは何様のつもりなんだ?!どこの馬の骨ともわからない若造が!あいつはどのチームが誰を指名しようが片っ端から文句を垂れるだけじゃないか!私が知る限りやつは元プレーヤーでも元コーチでもない、スカウトであったことなければ運営者だったわけでもない。にもかかわらずパッとでの素人がエキスパートとぬかす。やつがやっていることを我々は認めない。」

このやり取りが生放送で行われたのですからこのひと悶着がドラフトそっちのけで注目を浴びることになります。

この頃にはカイパー氏の発言力はかなり大きなものになっており、彼のモックドラフトはメディアで最も正しいものだという印象を視聴者に植え付けるまでに至っていました。しかしそうなれば実際ドラフトを行うNFLチームの上層部は面白くありません。

おそらくトビン氏と同じ思いだったGMは他にも山ほど居たでしょうが、堪忍袋の緒が切れてしまったトビン氏が彼らを代表して鬱憤を晴らしたのです。

カイパー氏にとって公共の場でここまで言い返されたことはこれが初めてでしたが、カイパー氏は自分の意見を曲げることはありませんでした。

ちなみにトビン氏がドラフトしたアルバーツ氏はコルツでの3シーズンで記録したQBサックは4つということで結果的に彼は「ドラフトバスト」に分類されてしまいました。ディルファー氏はこのドラフトでタンパベイバッカニアーズに入団。彼はプロの世界でトップスターにはなりませんでしたが、行く先々でそれなりの結果を残しており、このトビン氏とカイパー氏のバトルの勝者はカイパー氏であったことは明白でした。

しかし何よりも1994年のドラフトはこのトビン氏とカイパー氏の場外バトルが起きたせいで結果的に更に注目を浴びることになり、リーグ側からは毛嫌いされていたカイパー氏ではありましたが図らずもこのことで彼の認知度は更に上がることになり、またそれと同時にドラフト中継も「今年も何かカイパー氏がやらかすんじゃないか」という期待を持つファンのお陰で視聴率は上がっていったのです。

Hit & Miss

ただ、カイパー氏の「ビッグボード」も当たりばかりではありませんでした。自身で分析した末に彼が太鼓判を押した選手がリーグで全く華が咲かずに「ドラフトバスト」の烙印を押されたことも多々あります。

記憶に新しいのは2007年のドラフトでオークランド(現ラスベガス)レイダースが総合1番目に指名した元ルイジアナ州立大ジャマーカス・ラッセル(JaMarcus Russell)氏。カイパー氏はラッセル氏をべた褒めし、その才能をしてあのジョン・エルウェイ氏の再来とまで評価をしましたが、結果的にラッセル氏はNFL史上1、2を争う「ドラフトバスト」となってしまいました。

参考記事NFLで期待を大きく裏切った「ドラフトバスト」たち③

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ジャマーカス・ラッセル氏(#2)

そんなこともありカイパー氏のことをド素人と呼ぶ輩や彼を過大評価し過ぎだという声も少なくありませんが、当のカイパー氏はそんな声に全く耳を傾けません。ただ当然外したピックに関しては悔しさは感じるそうですが、そんな感傷に浸っている時間はなく、ドラフトが終われば次の年のドラフトに向けてまた選手のリサーチに勤しむのです。

そんなカイパー氏がこれまで最も印象に残っている予想として1991年度のドラフトで第1巡目6番目にアリゾナ(フェニックス)カーディナルズから指名されたエリック・スワン(Eric Swann)氏を挙げています。

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エリック・スワン氏(#98)

DTだったスワン氏は大学進学をノースカロライナ州立大に絞っていましたが、学力の問題で同大に入学することができなくなりました。しかたなく彼はウェイク工業短期大学という小さな短大へ進学。その後セミプロチームでほそぼそとフットボールをプレーしていました。

そんな感じで全米の表舞台に立つことのなかったスワン氏をカイパー氏が発掘。独自のリサーチでスワン氏を紹介するとともに彼のモックドラフトでもスワン氏を上位に推薦するとそれが功を奏したのかカーディナルズが第1巡目という高順位でスワン氏を指名。

結局プロで10年間プレーしたスワン氏はプロボウルに2回出場しオールプロにも2度選出されるほどの選手に成長。カイパー氏は日の目を見ていなかったスワン氏を紹介しその彼がプロで成功できたことを自分のことのように喜んだということです。

カイパー氏の発言力が増したせいでスワン氏のようなケースも生まれましたが、一方で彼にこき下ろされたためにドラフトでの株を落とした選手も当然いたことでしょう。そういった意味ではカイパー氏は物議を醸すアナリストであったわけですが、本人にしても彼を起用し続けるESPNにしても市場として期待されていなかったドラフト中継がここまでテレビのエンターテイメントとして確立したことに意味があると思っているようです。

ドラフトに確実に当てはまる数式など無いわけで、カイパー氏だけでなく各チームのスカウトもGMもピックを外すことは多々あります。現在も最前線で活躍しているタンパベイバッカニアーズのトム・ブレディ(Tom Brady、元ミシガン大)は2000年のドラフトで第6巡目にニューイングランドペイトリオッツに指名されましたが、当時は彼がこの順位で指名されたことになんの疑問も持ちませんでした。しかしその後の彼の活躍を見れば第6巡目というのは明らかに測り違いでした。

参考記事NFLで「お買い得」となったカレッジフットボーラーたち

そういう「Hit & Miss(当たり外れ)」もひっくるめて多くのファンがドラフトに魅せられるのです。

ドラフト中継の裏側


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カイパー氏にとって今年で43回目を迎えるNFLドラフト。今ではアメリカの主要都市で大勢の観客を迎えて盛大に行われるようになりました。しかしカイパー氏のやっていることはあまり変わっていません。変わったことといえば自分と同じようなドラフトアナリストたちが増えてきたことぐらい。ESPNだけでなくNFLネットワーク、CBS、NBCなど大手のスポーツメディアはそれぞれドラフトに備えてモックドラフトを発表していますが、未だにカイパー氏のモックドラフトは一目置かれる存在です。

ところで今でこそドラフトは3日制になりましたが、ほんのちょっと前までドラフトは2日間で行われていました。あまりに視聴率が取れるために味をしめたESPNとNFLが放映日を増やしたというわけですが、2日制の時は朝から晩までずっと放映しっぱなし。となると大変なのはカイパー氏やその他のキャストメンバーの食事とトイレです。

選手の指名は休みなく行われていきますから、それを伝えるクルーもはじめから終わりまでスタンバイしっぱなし。すると食事を摂る時間も限られ、さらにトイレに行こうものならば1チームのドラフト指名をすっぽかさなければならなくなります。

そんな自体を避けるため、カイパー氏はESPNに合流した1984年以来ドラフトが始まったら食べたり飲んだりすることは極力控えてトイレに行かなくてもいいようにしているのだそうです。その甲斐あってかカイパー氏は今まで一度も本番中に用を足すために席を立ったことがないのだとか。

当然だとおっしゃる方もいるかも知れませんが、1年に一度のイベントとはいえ長丁場の中でここまで徹底してやっているというのはそれだけカイパー氏のこの大舞台に掛ける意気込みが大きいということの表れであり、プロフェッショナリズムを垣間見れるエピソードです。

今後の展開


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トッド・マクシェイ氏

先にも紹介したとおり2021年度のドラフトはカイパー氏にとって実に43回目のドラフトとなります。その割に今年まだ60歳であることに驚きを隠せませんが、それは10代の頃から本気でこの分野に取り組んできたからに他ありません。

誰も踏み込んだことのない領域に切り込み、独自のスタイルを確立させ自分自身の認知度を高めただけでなく、ドラフトを一大商業イベントに昇華させたことに大きく貢献したカイパー氏。今では彼に憧れてドラフトアナリストになった人も少なくありません。

ESPNには現在カイパー氏と並びその知名度を高めているアナリストにトッド・マクシェイ(Todd McShay)氏がいます。

彼は2006年にESPNに入社するとカイパー氏を追うようにアナリストの道に進みますが、長い間かれはカイパー氏の二番煎じのような扱いを受け続けます。しかし近年彼の努力が実を結びマクシェイ氏の意見はカイパー氏のものと同様レベルで比較されるようにまでに至りました。

そのマクシェイ氏は昨年のドラフトではついにカイパー氏と同席して生放送でメーンキャストの一人を任されることになっていましたが、運の悪いことにドラフト直前に新型コロナウイルスに感染してしまいドラフト当日は病院のベッドの上で迎える事になってしまいました。

が、今年のドラフトではついに念願のライブ中継でメーンキャストを務めることができることになりました。彼自身はこの日を長いこと夢見てきたため感無量だと話しています。そしてそれを手助けしてくれた恩人としてカイパー氏の名前を挙げました。

辛口のカイパー氏はある意味とっつきにくそうなイメージ。その彼にキャリアでまだまだ及ばないマクシェイ氏が食って掛かるシーンがよく見受けられますが、あえてそれをするのはそのやり取り自体にエンターテイメント性が生まれることをお互いが知っているから。まだまだ若造であるマクシェイ氏に自分のモックドラフトを真っ向から否定されることも少なくないカイパー氏ですが、むしろ彼はマクシェイ氏のような若いドラフトアナリストが台頭してきたことを喜んでいます。

それは一人で吠えていることには限界を感じているからであり、自分の仕事に自信を持っていたとしてもエンターテイメントとして成り立っているかどうかを考えた時、自分にバトルを挑んでくる次世代のドラフトアナリストの存在は新たな息吹を吹き込むという意味でいい影響を与えると考えているからです。

自分自身がNFLドラフトという分野をを世に知らしめたことを自負しているカイパー氏だからこそどんな形であれそのドラフトが活性化していくことに喜びを感じているんだと思います。

60歳のカイパー氏はまだまだ現役。これからも彼の「ビッグボード」には大きな注目が集まることでしょうし、今後は彼とマクシェイ氏のような次世代のアナリストたちと大いに絡んでドラフト報道の重鎮として君臨し続けることでしょう。

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