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チップ・ケリー氏の新世界【オフシーズン便り#8】

チップ・ケリー氏の新世界【オフシーズン便り#8】

2023年度シーズン後、毎年恒例となっている「コーチング・カルーセル」(コーチの去就)が忙しなく行われましたが、その中でも強烈にインパクトを残したのがUCLAチップ・ケリー(Chip Kelly)監督がその座を辞してオハイオ州立大の新オフェンシブコーディネーターに就任したことでした。UCLAというパワー5チームの監督を務めていた人物が、解雇されたわけでもなく敢えてコーディネーターのポジションを選んだという、このレアな決断には非常に驚かされました。

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ベースボール・マガジン社 (編集)

チップ・ケリーとは?

アメリカの北東部にあるニューハンプシャー州というところで生まれ育ったケリー氏は1981年から4年間ニューハンプシャー大(現在でいうFCS/フットボールチャンピオンシップサブディビジョンに分類)でDBとしてプレー。その後1990年代に入ってコーチ道に足を踏み入れるとアイビーリーグ所属のコロンビア大でそのキャリアをスタートさせます。

そして1994年から母校のニューハンプシャー大に戻り、1999年にはオフェンシブコーディネーターに昇格。この間彼の操るオフェンスは平均400ヤード超えを続々記録。特に2005年度は全米(FCS)2番目となる1試合平均493.5ヤードのトータルオフェンスを記録し、彼の名前は瞬く間にコーチング業界で注目されることになります。

そして2007年からPac-10(現在のPac-12)カンファレンス所属の名門・オレゴン大のオフェンスを任されますが、ここでもケリー氏のスプレッドオフェンスが爆発。平均450オフェンスヤードのシーズンを連発し、2009年にはいよいよ監督に昇格。監督になってからもオフェンスのプレーコールを継続し、ハイテンポのスプレッドオフェンスでオレゴン大にて一時代を築いたのでした。

するとその手腕を見込んだNFLチームも現れ始め、そうして彼に触手を伸ばしたのがフィラデルフィアイーグルス。ケリー氏は遂に2013年にカレッジを旅立ってプロリーグへと挑戦。しかし、初年度こそプレーオフ進出を果たしましたが、続く2014年と2015年はプレーオフ進出を逃し、2015年度シーズン終了を待たずして解雇されてしまいます。

ただ間髪入れず彼に白羽の矢を立てたのがサンフランシスコ49ers。が、ここも散々の出来で2016年には2勝14敗と惨敗したったの1年で即解雇。最新のプレーコーラーと言われたケリー氏でしたが、プロではその才能を十分に発揮できずに打ちのめされてしまったのです。

その後ケリー氏はカレッジフットボールのTV解説者を1年間勤めましたが、2018年にUCLAの新監督に就任。カリフォルニア大学系列の州立大であるUCLAはフットボール部の監督に大金を積むことをしてきませんでしたが、同大学はケリー氏と5年間で2330万ドル(当時のレートで約25億6300万円)という彼らにしてみれば破格の契約を結んだのでした。

そのケリー氏の下でUCLAは最初の3年間は負け越し続きでしたが、2021年からは白星が先行するなど右肩上がり。昨年も一時は全米最高18位まで上昇するなど結果が徐々に現れてきていました。またリクルーティングでも数は多くないものの4つ星5つ星の選手もちらほら勧誘に成功。そして2024年からUCLAがBig Tenカンファレンスへ移籍するということもあり、UCLAでの期待度は高かったのですが・・・。


UCLAからオハイオ州立大へ

一方のオハイオ州立大ですが、言わずと知れた名門校であり、現在のHCであるライアン・デイ(Ryan Day)監督体制になってから56勝8敗で勝率は89.1%。これは現役のFBS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン)チームの監督としては最高値。

2019年と2020年にはBig Tenカンファレンスタイトルを連覇し、2年連続CFP(カレッジフットボールプレーオフ)進出。特に2020年度は決勝戦へ駒を進め、惜しくもアラバマ大に敗れはしましたが、2014年以来のナショナルタイトル獲りまであと少しというところまでに至ったのです。

が、2021年以降はBig Tenタイトルを逃し、それより何より永遠のライバルであり最大のライバルであるミシガン大に3連敗を喫するなどしてしまい、その3年間全てを二桁勝利で終えながらも背負う宿命の大きさからこの3年間のデイ監督の評価はそこまで高くありませんでした。

そう言った意味で2024年度シーズンはデイ監督にとっては勝負の年。その要として彼はこれまで行ってきたプレーコーラーとしての役目をコーディネーターに委ねることを決断。そしてその大役を任されたのが、ペンシルバニア州立大およびヒューストンテキサンズの元監督であり、2023年はニューイングランドペイトリオッツのOCを任されていたビル・オブライエン(Bill O’Brien)氏。とりあえず名高い人物の就任ということでオハイオ州立大の本気度が見え隠れしていました。

しかし、程なくしてオブライエン氏はACC(アトランティックコーストカンファレンス)所属のボストンカレッジの監督に就任するためにオハイオ州立大を離脱。この空いたポジションにデイ監督が指名したのがUCLAで監督をしていたケリー氏だったわけです。

なぜオハイオ州立大に?

より大きい大学の監督になるためにチームを離れるコーチがいるのは普通ですし、監督からコーディネーターに格下げされる場合は大抵その監督の職を解かれた場合がほとんどです。しかし冒頭でも述べたようにケリー氏は自ら監督職を放棄してわざわざコーディネーターに就任するためにオハイオ州立大にやってきたわけです。こんな話はそうあるものではありません。

しかもUCLAは調子が乗ってきているこれからのチームであり、Big Tenチームとして新たなチャレンジを迎えるエキサイティングなチームとも言えます。そのチームをなぜケリー氏は去ったのでしょうか。

その大きなポイントの1つにデイ監督の存在が挙げられます。というのもデイ監督とケリー氏は深い縁で結ばれた関係を持っていたからです。

実はデイ監督の出身大学はニューハンプシャー大なのですが、彼がQBとして所属していた1998年から2001年、ここでOCならびにQBコーチをしていたのが何を隠そうこのケリー氏だったのです。つまりいわば師弟関係にあるということです。

ただ、普通なら「教え子の下で働くことになるのか・・・」とその関係性を疑問視する日本人の方もいるかもしれません。確かに日本のスポーツ界でかつて選手とコーチという関係だったものが立場が逆転して上司と部下の間柄になるというのはあまり聞かないかもしれません。

まあアメリカでもそこまである関係性ではないかもしれませんが、少なくとも年上だからだとか年下だからとかそう言った概念はあまり強くはありません。実際デイ監督もケリー氏もお互いのことを「フレンド」と言っていますから、上下関係のギクシャクした感じはなさそうです。

かつて自分を指導してくれた人物であり、自分のコーチングに大きな影響を与えてくれたケリー監督が自分の右腕になってくれるとなれば鬼に金棒。こんなところにケリー氏がオハイオ州立大にやってくる動機があったわけです。

なぜコーディネーターに?

しかしながら、デイ監督との縁があったからとはいえ、それだけで監督の座を辞してコーディネーターに「格下げ」を自らした理由にはならなそうです。何度も言いますがUCLAからは決して解雇されたわけではなく自ら辞任したのですから。

普通なら学生コーチからポジションコーチを経てコーディネーターになり、最終的な目標はヘッドコーチなはずです。その座を去るとなればそれは解雇されるか、引退するかどちらかだと見るのが妥当です。しかしケリー氏は敢えて他チームのコーディネーターになるために名のある大学(UCLA)を去ったわけです。

実際今オフにニック・セイバン(Nick Saban)監督が引退してケイレン・デボアー(Kalen DeBoer)監督体制に移行したアラバマ大は、ディフェンシブコーディネーターにケーン・ウォマック(Kane Wommack)氏を招聘しましたが、このウォマック氏は昨年までサウスアラバマ大で監督をしていた人物。なので監督を辞してコーディネーターに就任という動きは一見ケリー氏と同じように見えますが、UCLAとサウスアラバマ大は同じレベルにあるチームではありませんし、ウォマック氏の場合はサウスアラバマ大の監督よりもアラバマ大のディフェンシブコーディネーターの方がやりがいがある(そしておそらく年収も上)からでしょう。

UCLAでの年収が570万ドルほどだったケリー氏ですが、オハイオ州立大のオフェンシブコーディネーターになることで年収は実に400万ドルほどの減額になると予想されています(正確な金額は未公開)。

では監督という座を捨て、サラリーを減らされてまでコーディネーターになった動機は一体何だったのでしょうか?

それは遡ること昨年12月。UCLAは出場することになっていたLAボウル(vsボイジー州立大)に備えなければなりませんでしたが、QBコーチだったライアン・ガンダーソン(Ryan Gunderson)氏が彼の母校であるオレゴン州立大の新オフェンシブコーディネーターに就任するためにチームを去ったため、QBコーチが不在という状況に陥りました。

そこでケリー氏が臨時に2週間QBコーチを兼任し、QBルームでフィルムを選手たちとブレークダウンし、フィールド上では選手に直接コーチングを行ったのです。

彼がポジションコーチ的な指導をするのは実は2009年以来のこと。それ以降は監督・オフェンシブコーディネーターとしてまとめる役割をしていたため、この2週間のQBコーチとしての時間が彼にとっては非常に新鮮なものになったのだそうです。そして選手を直接指導することの楽しさを再び彼に植え付けたのです。

カレッジのヘッドコーチの仕事は年々CEO的なものになってきています。特にリクルーティングに多くの時間を費やされ、最近ではNIL(Name/Image/Likeness、選手が肖像権などを駆使してお金を儲ける仕組み)やトランスファーポータルの登場で監督らコーチの仕事は増えるばかり。ですから監督ともなればコーチングだけしていればいいというわけではなくなるわけです。

しかしかつてはケリー氏も選手に直接指導を行う一介のコーチだった・・・。その時の楽しさや充実感をこのLAボウルの準備期間で思い出したのだそうです。そしてオフシーズン、その感覚がまだ新鮮な時にかつての教え子であるオハイオ州立大のデイ監督からOC就任の打診があり、これは何かの縁だと今回の決断を下したということです。

ケリー氏はそのクリエイティブなプレーコーリングで名を馳せてきたコーチです。UCLAでもプレーコーリングを担当していましたが、おそらく監督としての業務と重なってフルパワーでOC業に打ち込めなかったのかもしれません。今回のボウルゲームでの時間が、オフェンスの「ギーク(Geek)」としてのケリー氏の本性を目覚めさせたということみたいですね。

実際監督の業務から解放されてコーディネーターに没頭できる時間が増えたことで、それを見たケリー氏の奥様から「こんなにハッピーなあなたを見たのはここ何年でも初めてのことだわ」と言われたのだとか。

逆にいうとそれだけ監督という仕事が激務であり、それとコーディネーターを兼務するのは難しいということであり、実を削るほどの仕事であるということだということでしょう。

ケリー氏とデイ監督の融合

オハイオ州立大でもデイ監督は監督に就任して以来ずっと頑なにコーディネーターのポジションを手放しませんでした。しかしBig Tenタイトルを3年間逃し続け、ライバル・ミシガン大に3連覇し、後がないデイ監督としては背に腹はかえられぬという気持ちで大鉈の改革を実行しているところ。今回ケリー氏をOCに迎えたことでついにデイ監督は監督業に集中することになりそうですが・・・。

ケリー氏はあるインタビューでオハイオ州立大ではケリー氏とデイ監督どちらがプレーコーリングをするのか、と尋ねられてこう返していました。

「成功したグッドなプレーコーリングは自分がコールしたもの、そうでなく失敗したバッドなプレーコーリングにはライアン(デイ監督)のせいにするかな」

質問に直接答えてはいませんが(笑)、「監督ってのはそういう責任を負うためにいるものでしょう?」と周囲を笑わせていました。監督という足枷を外し、自由になったケリー監督にとてはそう言った責任を負う必要も無くなったというわけです。

現在オハイオ州立大のQBルームには生え抜きのデヴィン・ブラウン(Devin Brown)、リンカーン・キーンホルツ(Lincoln Kienholz)に加え、カンザス州立大からのベテラン転校生ウィル・ハワード(Will Howard)、さらには元5つ星でアラバマ大から転校してきたジュリアン・セイイン(Julian Sayin)、4つ星のエアー・ノーランド(Air Noland)と逸材がひしめき合っています。

果たしてケリー氏がこのQB陣をどう料理するのか・・・。2024年度のオハイオ州立大から目が離せません。

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