前回紹介したNCAAのルール改正のように、フットボールが安全にプレーできるようにそのルール、そして指導法は毎年進歩しています。特に脳震とう(Concussion)の危険性ならびにそれに関する知識が大衆に広まると、プレーヤーの安全性を求める世論は高まっていきました。それに反応するようにNCAAやNFLはルールを改正してきたのです。
かつてはオーケーとされてきたプレーが安全確保のためにNGとなる。それに関して賛成の声もあれば、昔気質の人ならばそれを受け入れられない人もいるでしょう。「自分たちの時はこんなプレーは日常茶飯事だった。今のルールは生ぬるい。」などと思う人もいるかも知れません。しかし考えてみればフットボールの創成期ではヘルメットは革製のヘッドギアのみでショルダーパッドも含めてハードシェルではなかったわけで、その当時プレーしていた人からすれば、文句言う古株の人たちの現役時代のプレー方式も「生ぬるい」となってしまいます。
ですから例えフットボールのルールが変わろうとも、長く多くの人に愛されるためにはルール改正は必要不可欠なことなのです。そのためには思い切ったルール改正もやむを得ないでしょう。
思い切ったルール改正で思い出されるのはNCAA一部でもFCS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン)に所属するアイビーリーグです。
アイビーリーグのことはこのサイトでも何度か紹介してきましたが、彼らは何と言ってもカレッジフットボールの祖として知られているカンファレンスです。今年はカレッジフットボール生誕150周年を迎えますが、その始まりとされるのが1869年に行われたアイビーリーグのプリンストン大と現Big Tenカンファレンスのラトガース大との試合でした。その後もプリンストン大に加え、ハーバード大、イェール大という名門大学がカレッジフットボール創成期を席巻し、彼らがカレッジフットボールの礎を築いたのです。
最古のライバリーの一つでもあるハーバード大とイェール大の「The Game」
アイビーリーグ所属チームは学業でも世界を代表するレベルの大学ばかり。上に挙げた3校に加え、コロンビア大、ペンシルバニア大、コーネル大、ブラウン大、ダートマスカレッジの計8チームは現在では華やかなカレッジフットボールの表舞台からは遠ざかっていますが、それでも他のカンファレンスと変わらずリーグタイトル目指して激闘を繰り広げてきました。
一方で各大学は学業最優先を謳っていますから、フットボールでの怪我、特に学業に多大な影響を及ぼしかねない脳震とうに関しては昔から注意を払ってきました。そしてここ10年の間でNFLの元選手たちが脳震とうの後遺症、いわゆるCTE(Chronic Traumatic Encephalopathy)を発症し、その結果鬱になったり自殺したりと大きな社会問題に発展したことをうけ、アイビーリーグはかなり突っ込んだルール改正を行ったのです。
その一つにシーズン中の練習でのタックル禁止というルールです。タックルして叩きつけられれば当然怪我のリスクは上がります。もちろんそれがアメフトだろ、と言われればそれまでなのですが、それでも怪我のリスクを減らすために取られた大胆なルールでした。
関連記事アイビーリーグ、練習でのタックルを全面禁止へただ、少なくとも私が知る限りでは多くのメジャーチームではシーズンが始まればコンタクト有りの練習を自主的に行わない傾向にあり、アイビーリーグのルールが目新しいということではありませんが、リーグがルールとして明記したというところに大きな意味があります。
もう一つにキックオフ地点を通常の35ヤードから40ヤードに繰り上げたというものが有ります。
関連記事アイビーリーグが試験的にキックオフ地点を40ヤードラインに設定「NCAAのルール改正」の記事でも紹介したように、脳震とうの発症率が一番高いのはキックオフ時です。リターンチームもカベレージチームも全速力で正面衝突するために発生するインパクトがどのプレーよりも高い(不意打ちを除く)ためです。
だったらリターンできないようにするべきだということでNCAAは2012年にはそれまで30ヤード地点からのキックオフだったものを35ヤードに引き上げました。これでキックがよりエンドゾーンまで飛ぶことになり、リターン自体が行われないことを願ってのルール改正でした。
しかしそれでもリターンが完全になくなるというわけではありませんでした。そこでアイビーリーグは2016年にキックオフ地点をさらに5ヤード繰り上げて40ヤード地点に設定したのです。
このルールが施行されて3年が経ったわけですが、去年暮れに発表された研究文によると、2016年から2017年までの2年間で行われた1467回のキックオフ中に置きた脳震とうの数が3人だったそうです。これは1000回のキックオフで2.04回の脳震とうが起きたという頻度に相当します。
そしてこのルールが施行される前の2013年から2015年の3年間では2379回のキックオフで起きた脳震とうの数は26回。これは1000回のキックオフで10.9回脳震とうが起きたということになります。つまり新ルールのお陰でキックオフ時の脳震とうが5分の1にまで減少したという計算になります。
参考記事(英文外部リンク)Association Between the Experimental Kickoff Rule and Concussion Rates in Ivy League FootballFCSレベルであるアイビーリーグとFBS(フットボールボウルサブディビジョン)レベルのフットボールのレベルは単純に比べられませんし、これだけ見て全カンファレンスがキックオフを40ヤードに設定するべきだとはいえませんが、この結果はなかなか見過ごせないことであります。
だったらキックオフ自体をなくせばいいなんて声もあるにはありますし、キックオフリターンTDなどは見ていて痛快ですから、完全になくなってしまうのは面白みにかけるという声も聞かれます。安全にプレー出来るように折り合いを付けるところがどこなのか、ということに尽きると思います。
ちなみにNCAAは2018年からキックオフを25ヤード以内でキャッチしてフェアキャッチを宣言すれば自動的に25ヤード地点から攻撃開始となるというルールを施行しました。これは無理にリターンするよりもフェアキャッチをしたほうが得だとすることでキックオフリターンをさせないという試みです。また先日の記事にもあるようにリターン時のウェッジフォーメーションを廃止して正面衝突する機会を減らそうという努力も見られます。
参考記事 NCAAがルールを改正(2018年)何度も言いますが、アメフトの歴史とはルール改正の歴史でもあるのです。