アメリカのカレッジスポーツ、特にフットボールとバスケットボールはプロ顔負けのメディアでの露出度、そして商業的な価値があり、チーム、コーチ、そして選手たちは時にセレブリティ的な扱いを受けることもあります。
しかし選手たちは所詮学生アスリートであり、根底には大学生がスポーツに勤しんでいるという構図が存在します。つまり学生アスリートはアマチュアアスリートであるということが基礎の基礎というわけです。
アマチュアリズムとNCAA
NCAA(全米大学体育協会)が存在する一因としてそのアマチュアリズムを守るという事が挙げられます。基本的に大学アスリートは自分が競技するスポーツに関連することでお金を受け取ることは出来ません。例えばフットボール選手が自分のブランドを立ち上げて商売することとか、バスケ選手がメーカーと個人契約してシューズを使用することとか、スキー選手がスポンサー契約することとか、その他もろもろです。
最近ではセントラルフロリダ大のキッカーがユーチューバーとして利益を得ていることが問題視され、結果的に彼はフットボールを辞めるという決断を強いられたこともあります。
また選手たちは自分たちの名前や肖像権などを元に利益を得ることも禁じられています。これを俗にNIL(Name, Image, Likeliness)と呼びますが、このせいでかつてカレッジフットボールファンのバイブル的ゲームとも言えた「NCAAフットボール」シリーズが製造中止に追い込まれたという経緯もあります。
参考記事あの名作が復活か?!あくまで大学スポーツはアマチュアスポーツであり、選手たちがスポーツをすることで金的利益を得ることは許さないというのがNCAAのスタンスです。しかし一方でプレーするだけの彼らの周りにはビジネスの匂いはプンプンします。大学側はスタジアムやアリーナでのチケットの売り上げ、グッズの売上、メディアの放映権、その他もろもろのソースからものすごい額の利益を得ています。また監督は100万ドル(1ドル100円計算で約1億円)を超える年収を受取り、チャンスが有ればさらなる大金を求めてチームを鞍替えすることが出来ます。それもこれもアマチュアである選手たちがあってこそのことなのですが、主役の彼らは学費免除という恩恵以外は何も受け取ることが出来ないのです。
それを良しとするかどうかは立場によって変わってくると思いますが、少なくともNCAAはアマチュアリズムを守るために選手たちが金銭を受け取ることを禁じてきたわけです。
SB206
そこに一石を投じたのがカリフォルニア州議会。彼らはこの夏に学生アスリートでもNILを元に収入を得ることを可能にする「Fair Pay to Play Act(SB206)」という新しい法律制定に本腰を入れ始めました。
当然これに不服の意を示したのはNCAA。彼らは書簡をカリフォルニア議会に送り、この法律を成立させないように懇願していましたが、先日(9月9日月曜日)、カリフォルニア州知事のギャヴィン・ニューサム氏がこの法律に署名したのです。
このSB206が実際に施行されるのは2023年とまだ先のことですが、これが何を意味するのか少し見てみましょう。
SB206が学生アスリートに許可するのはNILを元に利益を得ること。たとえば選手がTVコマーシャルに出たり、ポスターのモデルになったり、握手会に出演したり、ビデオゲーム(NCAAフットボールなど)に自分の名前や肖像権が利用されたりした時に発生する対価を受け取ることが出来るというものです。
カリフォルニア議会の論点としては、他の学生は自分の才能を元にお金を得ることが許されているのに、学生アスリートだけ例外となるのは不公平だというところ。例えば音楽科の学生が自らリサイタルを開いてお金を得ることや、美術科の生徒が自分の絵を売ってお金を得ることなどが可能なのに、スポーツという才能でお金を得ることが許されない道理はないというわけです。
リアクション
もちろん黙っていないのはNCAAです。彼らは即日「この法律はアマチュアリズムを根底から揺るがすもので、混乱をもたらすものだ」と批判しています。が、NCAAは非営利団体の一つであり、法律を変えるような力を持ち合わせていません。しかしながら、もしこの法律が本当に施行され、カリフォルニア州の大学に通う学生アスリートたちだけが上に挙げたような利益を得ることになれば、それは他の学生たちにとってアンフェアであり、リクルーティングの上でも大きなアドバンテージとなるため、最悪カリフォルニア州の大学をNCAAのイベントから排除する可能性も無視できないとしています。
今のところ正式に議会を通ったのはカリフォルニア州だけですが、この決議を受けてフロリダ州、ケンタッキー州、ミネソタ州、ペンシルバニア州も同じような法律に興味を持ち出しているという噂もあり、またノースカロライナ州は州法ではなく連邦法としてこの法律を成立させようという動きも出てきているらしく、もしこれが成立すればアメリカ50州全てにおいて学生アスリートがNILを用いてお金を稼げるようになります。そうなればNCAAも手足が出なくなるでしょう。
2023年までにカリフォルニア州ないしその他の州がSB206およびそれに準ずる法律を施行する時、大学側は大きな選択を迫られることになります。法律に乗っ取り学生にお金を稼ぐことを許すか、もしくはNCAAのアマチュアリズムを追随するか。NCAAに反旗を翻せばその大学はNCAAから排除されてしまう可能性もあるからです。
とはいえSB206は今後法廷に持ち込まれる可能性もあり、学生アスリートがこの恩恵にあやかれるかどうかはまだ微妙な所。
長所と短所
この法律が成立し今後各地でお金を稼げる学生アスリートが増えていくとどうなっていくのでしょうか?
ポジティブな面で言えば当然お金が稼げるということです。学生アスリートは学業とスポーツを両立させなければならず、アルバイトなどする時間は中々ありません。ですからこの法律によってNILを元に少しでもお小遣いを稼げるようになればそれはそこまで悪いことではないように思えます。
ネガティブな面で言えば皆が同じだけ稼げるのか?という点。当然チームのスター選手は露出が増えるので彼らにはそれなりのチャンスが与えられるでしょうが、そうでない選手たちとの格差が生まれかねません。
またコーチたちからすれば選手たちを管理する上でまた目の上のたんこぶが増えることになるでしょう。例えばユーチューバーとして副業で何かしようとする選手がいればそれにかける時間は自ずと増えていくでしょうし、そうなると学業、スポーツ、副業とタスクが増えるばかりでそれが本業の邪魔にならないか。
賛否両論
当然この決定には賛否両論で、賛成する人もいれば反対する人もいます。
賛成している人の中でも急先鋒なのがNBAのスーパースター、レブロン・ジェームス(LeBron James)。
I’m so incredibly proud to share this moment with all of you. @gavinnewsom came to The Shop to do something that will change the lives for countless athletes who deserve it! @uninterrupted hosted the formal signing for SB 206 allowing college athletes to responsibly get paid. pic.twitter.com/NZQGg6PY9d
— LeBron James (@KingJames) September 30, 2019
またオクラホマ州立大のマイク・ガンディ(Mike Gundy)監督も「もし選手にお金を稼ぐチャンスが有るならば払ってあげればいい。これが大した問題だとは思わない」と肯定的。ただ「問題は州ごとにお金を稼げる州とそうでない州が現れたとしたら、それをNCAAがどうするか、ということでしょうね」とも言っています。
一方オハイオ州立大の体育局長であるジーン・スミス氏はSB206に反対の意を示していますし、ウィスコンシン大の元監督で現同校体育局長のバリー・アルヴァレズ(Barry Alvarez)氏はSB206の制定を受けて今後実際にカリフォルニア州の学生アスリートが金銭を受け取るような事態になればウィスコンシン大はカリフォルニア州の大学とは試合をしないと断言。また元フロリダ大のスターQBティム・ティーボ(Tim Tebow)氏も「カレッジフットボールという特別な世界観を根底から覆す」とこの法律の制定を批判していました。
まとめ
SB206が施行されるまではあと3年あり、さらに前述の通りこの法律は今後法廷に持ち込まれて審議されることになるでしょうから、必ずしもこれが現実のものになるとは限りません。しかしすでにお分かりのようにこの画期的な法律のお陰でカレッジフットボール界は分断され混沌の世界へと誘われるのは目に見えています。そしてもしこれが施行されることになれば否応なくNCAAはこの事に対処せざるを得なくなります。その時どうなるのか大変気になります。カレッジスポーツの歴史に変革を促すSB206。これが吉と出るか凶と出るか・・・。今後もこの経緯に注目してみたいと思います。