2008年から2010年までオハイオ州立大に所属したQBで、NFLでも複数のチームに所属してプレーしたテレル・プライヤー(Terrell Pryor)が母校であるオハイオ州立大、そのオハイオ州立大が所属しているBig Tenカンファレンス、さらにはNCAA(全米大学体育協会)を訴えました。
オハイオ州立大で活躍
当時屈指のリクルートとして全米で名を馳せたプライヤーは2008年にオハイオ州立大に進学。1年生ながら先発を任され、トロイ大戦ではオハイオ州立大在籍の1年生としての新記録となる4つのTDを記録し、次戦のウィスコンシン大戦では逆転勝ち越しとなったTDランを決めてセンセーショナルなフレッシュマンとして全米にその名を轟かせます。
その後もチームの主軸として活躍し、3年間で6177パスヤードに57TDを記録。また彼は走れるQBでもあり、足で2772ヤードに27TDを稼ぐなど大活躍。先発QBとしての戦績が31勝4敗でBig Tenカンファレンスタイトルを2度獲得し、2010年に出場したローズボウルではMVPにも輝いています。
タトゥーゲイト
そんな輝かしい活躍をしたプライヤーでしたが、2010年12月にタダでタトゥーを掘ってもらう代わりに自分たちのサインの入ったギアを譲渡したり売ったりしていたという、いわゆる「タトゥーゲイト(Tattoogate)」のスキャンダルが発覚。調査の結果プライヤーには2011年度シーズンの開幕5試合欠場という重い罰則が与えられてしまいます。
実は2010年の4月の時点ですでにこのスキャンダルに関する垂れ込みがあり、当時の監督だったジム・トレッセル(Jim Tressel)氏にも情報が渡っていたそうですが、弁護士に何も話すなと口止めされていたとのこと。結局調査の過程でトレッセル氏が事前に知りながら何もアクションを起こさなかったことでそれが隠蔽行為と認定され、なんとトレッセル監督は2011年度シーズン開幕前の3ヶ月前となる5月末に辞任に追い込まれたのでした。
さらにNCAAは2010年に獲得した12勝(シュガーボウルでの勝利も含む)を公式記録から抹消。2012年度シーズンのポストシーズンのボウルゲーム出場禁止、さらにはスカラシップ(スポーツ奨学金)の上限を3年間80人分(通常は最大85人)に削減というかなり厳しい制裁を下したのです。
そして張本人であるプライヤーはトレッセル氏が辞任した1週間後に大学を退学。そのため2012年のNFLドラフト入りが不可能となり、結局補填ドラフト(サプリメンタルドラフト)にてオークランドレイダースに入団したという経緯を持った人物なのです。
(ちなみに当時のレイダースのオーナーだった重鎮アル・デービス氏にとって生前最後のドラフトピックがこのプライヤーでした)
NFLでは主にWRとしてプレー、オークランドだけでなくクリーブランドブラウンズ、ワシントンレッドスキンズ(現コマンダーズ)、ニューヨークジェッツ、バッファロービルズなどに在籍するジャーニーマンとなりましたが、高い運動能力を持ちながらNFLではそこまで活躍することができず2019年以降フィールドからは遠ざかっています。
訴訟
そんなプライヤーの名前が突如としてスポーツニュースに登場したのが2024年の10月。母校であるオハイオ州立大のみならず、Big TenカンファレンスとNCAAを相手取ってクラスアクション訴訟(集合代表訴訟)を起こしたのです。
訴訟の内容はというと、簡単にいえば現在NIL(Name/Image/Likeness、自身の肖像権などを用いてお金を稼げる仕組み)によって選手がお金を稼げているのであれば、過去の選手にもそれに見合う額のお金を補償してくれ、というものでした。
NILという制度は2021年に導入され、以来学生アスリートでもお金を稼げるようになりましたが、それ以前はNCAAの長年の方針でアマチュアリズムを守るためにいかなる利益も学生アスリートは受けることができませんでした。プライヤーの「タトゥーゲイト」もこの方針があったから問題になったわけです。
ただ、6月に和解案が受理された「ハウス訴訟」により、2016年から2024年まで大学でプレーしていたアスリートには総額28億ドル(1ドル100円計算だと約2800億円)の賠償金を支払うことにNCAAやメジャーカンファレンスが合意しています。しかし、2011年に大学を離れたプライヤーは当然ながらこの和解案の対象外となる訳です。
もしプライヤーが在学していた頃にNILが存在していれば、「タトゥーゲイト」なるものは存在していませんでした。オハイオ州立大のスター選手という顔を持ちいてタトゥーを無料で彫ってもらい、その代わりにタトゥーパーラーの広告塔になるとか、自分のサイン入りグッズを売るというような行為は現在のNIL活動で容認されている行為です。
それが当時可能でなかったのは、NCAAがそれを許さなかったことで個人の権利を剥奪していたからで、それはアンチトラスト法(独占禁止法)に抵触する、だから金銭的に補償してくれ、というのがプライヤーの言い分です。
NCAAは今回、プライヤーの主張に対してこう意見を述べています。
まずは彼のケースは時間が経ち過ぎているということ。既述の通りプライヤーが大学でプレーしてから15年も経っています。どこかで線引きをしないと20年、30年、40年前のケースも考慮するのかということになりキリがなくなるというのは実際のところ。
あとはそもそもプライヤーのいう「権利」は彼がプレーしていた時代には存在すらしていなかったことであり、それは2016年に起きた「マーシャル対NCAA訴訟」において既に解決している事項でもあります。
この2016年の訴訟は、原告側(学生アスリート)がNCAAと主要テレビ局を相手に起こしたもので、テレビ局が選手たちのプレーを放映することで利益を得ているのであれば、プレーヤーにも利益が還元されるべきだというもの。ただ、この裁判を扱ったオハイオ州の連邦裁判所(第六巡回区)はテレビで放映されるゲームにおいて選手たちは肖像権を所有しないという判決を下していました。
「ハウス訴訟」において補償金を支払われる対象者が2016年以降にプレーした選手に限られているのはこの「マーシャル対NCAA訴訟」の判決が影響しているからに他ありません。
そして「ハウス訴訟」以前に行われた「オバノン訴訟」でのクラスアクション訴訟にプライヤーも原告側で参加しており、この「オバノン訴訟」が既に終結しているため、この訴訟に似た主張をしているプライヤーのケースを再び裁判にかけることはできないはずだとNCAAは主張しています。
今頃何故・・・?
この記事を執筆現在(2025年7月)、この裁判は未だ審議中です。最終結審は2026年の2月頃と予想されています。
ところで何故今になってプライヤーはこの裁判を起こしたのか・・・。大学を出たのが2011年でNFLでは活躍とまではいかなかったかもしれませんが約8年間プロ選手としてトップリーグに身を置いていた人物。その彼が15年も前に離れた母校などを相手に訴えた理由とは何なのでしょうか・・・。
プライヤーが最後にNFLチームに在籍していたのが2019年のジャクソンビルジャガーズ。しかし3ヶ月でリリースされ、以来引退状態にありますが、以来プライヤーは様々なトラブルに巻き込まれています。
2019年11月にはピッツバーグのアパートで恋人と喧嘩となり、その恋人に刺されて入院するという事件が起きました。2021年には別の女性と喧嘩となり、その末に暴行を加えて逮捕されています。そして2025年には交通事故を起こすなど、現在はかつての華やかだった世界から転落人生を送っていると言っても過言ではありません。
NFL時代のサラリーの総額は1400万ドル(1ドル100円計算で14億円)という数字をネット上で探すことができますが、生活スタイルいかんではこの大金も既に消えてしまっている可能性はあります。NFLからのサラリーが途絶えた今、金欠になっているとしても何ら不思議ではなく、そこで今回の裁判に目をつけた・・・のであれば合点がいきます。
元NFL選手が引退後に転落人生を送る・・・という話は珍しくありません。あくまで筆者の推測でしかありませんが、何にしても高校時代に「世紀のリクルート」ともてはやされ、大学時代にチームを代表するスーパースターに輝きながら、決断を間違ったことで道を誤り、そこを修正できずに今に至るとすればそれは非常に残念なことです。