NCAA(全米大学体育協会)が定める、大学でのプレー資格をエリジビリティー(Eligibility)といいます。通常は4年間ですが、最近ではレッドシャツ資格があっても4試合までは試合に出場できるため、5年間在学する選手の数は増えています。
一方、NCAAに所属していない高等教育機関、主に短期大学(コミュニティーカレッジ)でもフットボールはプレーされており、さまざまな理由で大学に直接入部できなかった選手が短大経由で大学へ転校(トランスファー)するという道は昔からありました。
通常短大は2年制なため、フットボールのエリジビリティーも2年間となります。その2年間の間にプレー経験を積み、尚且つ成績を上げて大学へ転校することで残りの時間を華やかなカレッジフットボールで過ごしたい、というのが多くの短大選手の夢なのです。
ただ、これまでは短大でのプレー履歴というのはNCAA所属の大学に転校した後も生きており、2年間短大でプレーすれば残されているエリジビリティーは2年間しか残されていません。これはNCAAが高校を出て進学した先でプレーした時点からエリジビリティーのカウントダウンが始まるからです。
つまり短大経由の選手のエリジビリティーは必然的に限られたものになるわけですが、それに今回物申した人物が現れたのです。それがヴァンダービルト大のQBディエゴ・パヴィア(Diego Pavia)です。
パヴィアは2020年から2021年までニューメキシコ州にある、ニューメキシコミリタリーインスティチュートという短大に通いそこでフットボールをプレーしていました。そして卒業後の2022年から2023年までの2年間をニューメキシコ州立大に転校生として参戦。ここで名を挙げて2024年に新型コロナ禍での特例(2020年にプレーした選手には無条件で1年間追加のエリジビリティーが授与された)を使って5年目としてヴァンダービルト大へやってきたのでした。
昨年ヴァンダービルト大はなんと全米1位だったアラバマ大を破るという超大金星を挙げましたが、この立役者となったのが何を隠そうこのパヴィア。結局彼らは7勝6敗で勝ち越すことに成功しましたが、彼らが最後に勝ち越しシーズンを送ったのが2013年だったため、11年ぶりの快挙となったのです。
そのパヴィアですが、短大での2年、ニューメキシコ州立大での2年、そしてヴァンダービルト大での特例を使用しての1年、合計5年のエリジビリティーを使い果たし昨シーズンでカレッジキャリアを終えたかと思われていました。ただ、ヴァンダービルト大での活躍で知名度が上がり、しかしながらNFLドラフトに入るほどのポテンシャルがあったわけではなかったパヴィアは、ここで考えます。「なんとかしてもう1年でもヴァンダービルト大でプレーできないか?」と。
そこで、パヴィアは短大のプレー資格はNCAAのプレー資格に含まれるべきではない、そのルールのせいで自分の権利が脅かされている、としてNCAAを相手取って裁判を起こしたのです。
短大経由で大学でプレーする選手というのは実際これまで取り立てて珍しいことではありませんでした。ただ、パヴィアのように短大でのプレー資格をなかったことにしろ、みたいなことを言い出した選手はいなかったのです。
この「自分の権利」というのははっきり言ってしまえば、「NIL(Name/Image/Likeness、肖像権などを用いて収入を得る仕組み)」経由で稼げるはずの巨額の利益、のことになります。
ヴァンダービルト大というSEC(サウスイースタンカンファレンス)に所属するチームの先発QBとなり、既述の通りアラバマ大を破るなどして一躍ヒーローになったパヴィア。その戦力をなんとかもう1年止めることができないかというチーム側の思惑と、知名度が上がったことで得られる巨額のNILディールを手に入れるために、大学に残りたかったパヴィアの思惑が一致し、今回の裁判沙汰になったのだと想像できます。
今NFLを目指してもどのチームからも声をかけられることはなく、そうなれば普通の仕事に就くことになったであろうパヴィアですが、一方でご存知の通り現在のNILディールは巨額になっており、とりわけチームのスターQBともなれば普通では考えられないほどの富を手に入れることができます。だとすれば裁判に持ち込んだとしてもあと1年ヴァンダービルト大でプレーするための術を模索することは理解できると言えばできますが・・・。
あとはもう1年カレッジでプレーすることでさらに腕を磨き、NFLスカウト陣にアピールすることができるという点も忘れてはならないところ。2026年のNFLドラフトで指名されることを目指す上でも2025年度にカレッジでプレーできることは利点といえます。
個人の権利や利益を尊重する流れが主流である昨今、NCAAの定めている現行のエリジビリティーのルールがそれを許さないのだと訴えれば、それはアンチトラスト法(独占禁止法)に抵触しているとパヴィア側は主張しているわけです。
そしてこの訴えを受理していたテネシー州の連邦裁判所が今春にパヴィアの主張を認める判決を下し、それを受けてNCAAは敢えて上告して戦うことをせず、パヴィアに2025年度もプレーできる事を認めたのです。
ただ元々NCAAはこの主張には真っ向から反対しており、今後も短大でのプレー年数はエリジビリティーにカウントされるという現行のルールを施行していくようです。ただ、今回の場合はここで裁判を長引かせて余計な浪費をするよりもパヴィアに特例として彼の要求を飲む決断をしました。なので短大のプレー年数が完全にカウントされなくなったというわけではありません。
とはいえ今回のパヴィアの件を認めてしまったことで、今後短大経由でNCAAに転校してくる選手たちが同じ主張をしてくることは容易に想像できますから、今後NCAAがこの件に対してどう対処していくのかは見ものです。
もし、短大でのプレー資格が4年間の大学のプレー資格に相当しないということが今後正式なルールとなる場合、これは日本からアメリカの大学に挑戦しようという選手たちには朗報となるかもしれません。
現在のルールでは高等教育機関(大学や短大)に入った時点でエリジビリティーのカウントダウンが始まりますが、これは日本の大学でも同じです。ですから日本で複数年プレーしてから留学を考えている選手としては仮にアメリカに来れたとしてもプレーできる年数は限られてしまいます。
しかしもし今回のようなケースが日本の大学にも適用されることになれば、たとえ日本でプレーしたとしても留学先のアメリカの大学チームでのプレー資格が温存される可能性が出てくるかもしれません。
日本の選手がアメリカの大学でプレーするのはまだまだハードルが高いですが、エリジビリティーの問題が解決されれば、そういったチャレンジャーたちへの門戸は開けてくるに違いありません。