メンタルヘルスの固定観念を打ち破るために【記事翻訳】

メンタルヘルスの固定観念を打ち破るために【記事翻訳】

五月は「メンタルヘルス月間」でした。

近年スポーツ界ではメンタルヘルスの重要性が叫ばれていますが、それはカレッジスポーツ界でも同じこと。特に新型コロナウイルスのパンデミックの影響でソーシャルライフに大きな制限がかけられてしまった過去2年間でメンタルヘルスの影響でアスリートたちが苦悩するケースが数多く報告されています。

そんな中、米スポーツ専門メディア「ESPN」が紹介する記事の中でメンタルヘルスに関する興味深い記事を見つけたのでそれを翻訳・意訳してご紹介したいと思います。

ウェイクフォレスト大QBハートマンの苦悩


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2020年度シーズン。ACC(アトランティックコーストカンファレンス)所属のウェイクフォレスト大で先発QBを任されていたのがサム・ハートマン(Sam Hartman)。彼らはこのシーズンのレギュラースケジュール後にデュークスマヨボウルというボウルゲームに出場し、Big Tenカンファレンスウィスコンシン大と対決しました。

ボウルゲームの会場となったバンク・オブ・アメリカスタジアムのあるノースカロライナ州シャーロット市は何を隠そうハートマンの出身地。おそらく相当気合は入っていたことでしょうが、第3Qになんと4ドライブ連続でパスをインターセプトされるという地獄を見ます。

結局前半の時点で同点だったスコアは終わってみれば42対28となりウェイクフォレスト大はウィスコンシン大に敗れ去りました。

その悪夢から数ヶ月後。ハートマンはロサンゼルス郊外で同じウェイクフォレスト大出身の先輩QBジョン・ウォルフォード(John Wolford)と共にトレーニングに勤しんでいました。

ウォルフォードは2017年までウェイクフォレスト大に在籍。卒業後はドラフト外フリーエージェント(UDFA)でニューヨークジェッツと契約しますがアクティブロースターに残ることは叶わずその後はあの幻の(笑)プロリーグ、アライアンス・オブ・アメリカンフットボール(Alliance of American Football)に1年所属しますが、リーグが破綻したことで再びフリーエージェントに。

しかし2019年にロサンゼルスラムスと練習生契約を結ぶと、シーズン後半には当時の先発QBジャレット・ゴフ(Jared Goff、元カリフォルニア大、現デトロイトライオンズ)の怪我の影響で最終戦に出場しアリゾナカーディナルズに競り勝ってプレーオフ進出を決めたという選手。そして現在もラムスに在籍しています。

そんな2人がトレーニングを共にする中で、やはりウィスコンシン大とのボウルゲームでのパスインターセプション4連発の話は避けて通ることはできなかったようです。ハートマンとしては一刻も早くあの悪夢を忘れたかったでしょうが、長いオフシーズンはそれを許してくれませんでした。

そこでウォルフォードがハートマンに提案したのがカウンセリングを受けてみることでした。

その提案を飲んだハートマンは7ヶ月に渡りカウンセリングを受け続けました。以来、ハートマンはフットボールだけでなく自分の生き方に関しても新たな気持ちの持ちようを会得したと言います。

失敗した時にそれにどのように対峙していくかという術、その奥底に潜んでいた自分の心的ストレスや恐怖心を掘り下げること、そしてそれらをカウンセリングを通して再発見し、それをチームメートとの関係性の向上に役立てたのだそうです。

あの悪夢から約2年。昨年度(2021年)ハートマン率いるウェイクフォレスト大はACCの優勝決定戦に出場するため、2年前にウィスコンシン大との試合が行われたバンク・オブ・アメリカスタジアムに再び戻り、ピッツバーグ大と対戦することになりました。

2年前のことを知っている人ならば、この試合は地元出身であるハートマンが2年前の汚名を挽回するというシンデレラストーリーとなると盛り上がることでしょう。しかし当のハートマンはここまでのカウンセリングの過程で既にそのような考え方は超越しており、この試合に臨むその心持はリベンジでも何でもなく、ただ単純に自分のベストを尽くしてチームの勝利に貢献するという無の境地に達していたのです。

メンタルヘルスに対する固定観念


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実はハートマンは高校時代に義兄を自殺で亡くしてます。

義兄のデミトリ・アリソン(Demetri Allison)はFCS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン)のイーロン大でWRとして活躍。幼少期はハートマンはアリソンとよく裏庭でパスの練習をしていたと言います。

義兄弟と言っても非常に仲が良かった2人。しかしそのハートマンも知らなかったのは、アリソンが心に深い闇を持っていたこと。

11月のある土曜日。ハートマンも家族もいつもと変わらずアリソンの大学の試合後に食事に出かけたり冗談を言い合っていたりしていましたが、その数日後にアリソンは自ら命を絶ったのでした。

今でもハートマン一家にとってはアリソンの死を受け止めるのは容易ではありません。しかし母であるリサさんはメンタルヘルスに対する負の固定観念がアリソンの死に何らかの影響を与えていたのではないかと考えずにはいられませんでした。

「もしメンタルヘルスに対する固定観念がなかったら、アリソンは生きて今でも我々と共にいたかもしれないと思うのです。彼が心の中でどれぐらい長い間苦しんでいたのかなんて誰にもわからないのですから。」とはリサさん。

サム・ハートマンも同じようにこの苦しみと対峙していました。時に裏庭の影を彷徨ったり、近くの湖で当てもなく釣竿を振ってみたり、湖畔に腰を下ろしてただ水面を眺めるようなことをしていました。そんなことを数ヶ月間繰り返したハートマンはさまざまな不安を自らの心の奥底に押し込んで半ば強引に普段の生活へと戻っていったのです。

「サムはそのようにして苦しみを押し殺して前へ進んでいこうとしましたが、その苦しみは何処へ消えるというのでしょうか?そしてそれがいつかまた戻ってくるかもしれない。そんな状態のまま彼は新たな一歩を踏み出そうとしていたんです。」リサさんはそんなことを我が子の姿を見て感じたと言います。

リサさんは普段から子供たちにメンタルヘルスの重要さ、そしてカウンセリンの有効性を説いていたそうです。しかしサム・ハートマンはそのアドバイスを受け入れることが出来ないでいました。それは彼がフットボール選手であり、フットボール選手はカウンセリングなど必要ないタフガイであるという固定観念が邪魔していたからです。カウンセリングなど弱虫な男のすることだと。

カウンセリング


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先にも紹介したウィスコンシン大戦での悪夢の後、ハートマンは再び実家に戻り例の湖畔に佇んでいました。その時、息子はそっとしておけばその悪夢と自分で対峙して乗り越えることができるのだと、リサさんは敢えて干渉はしなかったのだそうです。

確かにその後しばらくの間、ハートマンは普段のままを装っていました。しかし彼は自分の胸の底にしまいこんでいたさまざまな苦しみがどんどん自分に重くのしかかっていることに気づき始め、ウィスコンシン大戦での悪夢が自分には助けが必要だという目覚めの出来事であったことを確信するのです。

「あの頃、自分は限界ギリギリのところにいて何かを変えなければいけないと悟っていました。それまでの自分はそういった苦しみや不安を上手く隠せていましたが、それは小さい頃からそうすることが普通だと教わってきたからです。でも、心の不安や恐怖心と戦い続けることがどんどん難しくなっていったんです。もうこれ以上は無理というところまでに至っていたということです。」とハートマンは回想します。

そしてハートマンは精神科のカウンセラーと1、2週間に1回ほどの頻度で会いにいくことにします。大抵の場合はフットボールの話になったそうですが、それ以外にも話はハートマンの奥底にある心の苦しみを掘り下げてそれとどう向い合い良い結果を残すことができるかという話に至りました。

カウンセリングを続けていくうちに、ハートマンは心の苦しみや不安を無理やり乗り越えることは解決策ではないことに気付かされます。何かの壁に阻まれたとき、それを乗り越えるにはそれなりの方法が必要なのだと。

そのようにして精神的な苦境に立ち向かう術をカウンセリングを通じて身につけたハートマンは、昨シーズン既にその成果を感じた試合がいくつもあったそうです。

その最たる試合がクレムソン大との試合。この試合でハートマンは相手フロントセブンのパスラッシュからの執拗なプレッシャーに遭いウェイクフォレスト大は48対27と惨敗してしまうのですが、過去の自分ならこんな場合にはポケットの中でじっとしていられず、また我慢しきれずボールを手放していたけれど、この時は敗戦の中でも自滅することはなく最後まで戦い続けることができたと回想しています。

「確かに試合に負けたことには満足していませんが、昔ならああいった状況なら自ら総崩れとなっていたのにも関わらず最後まで戦い続けることができたのは大きな収穫でした。そう言った意味では大局的に見ればメンタルヘルスの側面で大きく成長したのかなと思います。」とはハートマン。

実際のところ、このクレムソン大戦での敗戦の翌週となったボストンカレッジ戦ではしっかりと勝利を収めてACCのタイトルゲームへの切符を手に入れています。

このようなメンタル面でのアジャストはハートマンにとってまだまだ新たな取り組みと言えますが、現状を受け止めるという心持ちは明らかにポジティブに働いています。

メンタルヘルスを語ることは弱さではない


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ハートマンが先発の座を射止めたのは1年生だった2018年度シーズンのこと。当時はルーキーによくある失敗を犯すこともありましたが、往々にして良いパフォーマンスを見せていました。しかし同じ年の11月、彼は脚を負傷して戦線を離脱。その間に彼の代役として出場したジェイミー・ニューマン(Jamie Newman)が大活躍し、先発の座を完全にハートマンから奪うことになります。

翌年の2019年度シーズンは完全にニューマンのチームとなっており、悔しいハートマンは転校(トランスファー)することも頭をよぎりました。そのうちチームメートからも距離を置くようになってしまいますが、それをデイヴ・クラウソン(Dave Clawson)監督が見逃すはずもありませんでした。

ある日の練習後、クラウソン監督はハートマンを呼び車で近くの公園に連れて行って散歩がてらに腹を割って話を切り出します。まずハートマンがチームに貢献する気持ちが100%備わっているのかどうか。チームメートは皆ハートマンの態度が変わってしまったことに気がついているということ。そして試合出場のチャンスは必ず与えるがそのためにはその態度を改めなければいけないということを話したそうです。

「チームメート全員がお前を真のリーダーと認めるためには、お前自身がこの苦境を正しい方法で乗り切ること、それだけだ」と。

2019年度のニューマンは大活躍しNFLドラフトでの株も急上昇。しかしウェイクフォレスト大でのスキームではさらに上に行けないと判断したニューマンはジョージア大に転校することを決意します。これにより先発QBの座が再びハートマンに巡ってくるのです。

(ちなみにニューマンはジョージア大に転校しますが直後に新型コロナウイルスのパンデミックが起き、それに伴い2020年度シーズンをオプトアウトして2021年のドラフトに備えますが、結局ドラフトではどこからも声がかからず現在はCFLでプレー中)

このチャンスをものにすべく、ハートマンはクラウソン監督と交わした約束を守べくリーダーとしての自覚を目覚めさせます。

そんな状況で彼はメンタルヘルスに立ち向かう為の術を自分だけでなくチームメートともシェアしていくことになります。チームのリーダーとしてロッカールームからメンタルヘルスに対する固定観念を払拭したいと考えたのです。

以来ハートマンは毎週チームメートを夕食に誘うようになります。ディナーではフットボールのことは話さず、自分達の家族のこととか、学校のこととか、人間関係のこととか、実際自分たちの生活に関する話をするようにしているのだとか。

「これまで私たちは黙ってただ勤勉であるように教えられてきました。だから私はチームメートが『俺は大丈夫だ』と言ったらそれが本当に真実の声なのかを確かめたいんです。もちろんまずは自分のことをコントロールしなければいけませんが、仲間たちも大丈夫なのかを確認するために夕食に誘うんです。『俺はお前の味方だぞ』というのは簡単ですが、それを心の底から思っているからこそこういったことをするんです。」とハートマンは話しました。

クラウソン監督がハートマンの変化に真っ先に気づいたのはWRのA.T.ペリー(A.T. Perry)の急激な成長の裏にハートマンの影響があったことです。

ペリーは昨年まで一介のバックアップWRだったのですが、それまでペリーは走ってはすぐにばててしまうようなスタミナしか持ち合わせておらず、かつてのハートマンであったならばそんなペリーを見てイラつくこともあったでしょう。

しかし、カウンセリングを通じて新たなものの見方をするようになっていたハートマンは、相手に自分を重ねるのではなく、なぜ相手は自分とは違うのかと考えるようになっていました。

シーズン開幕前のキャンプにおいてハートマンはペリーをフットボール選手としてではなく1人の人間として理解することに努め、歩幅を合わせることで信頼を深めていきました。そしてシーズンが終わる頃にはペリーは年間最優秀WR賞であるビレントニコフ賞の最終候補に選ばれるまでに急成長を成し遂げたのです。

クラウソン監督はペリーのこの急成長は当然彼自身の努力の結果であるとしていますが、一方で成功するかどうかは何回パスを捕球したかとかどれだけのウエイトを挙げられたかで決まるものではないことをハートマンに教えられたことも少なからずペリーの快進撃に起因していると指摘しています。

「多くの選手たちが大きく成長しプレーの質も上がったのは彼らのQB(ハートマン)と揺るぎない関係を築けているからだと言えます。そしてハートマンはチームメートとフットボールの仲間という枠だけでなく普通の人間として時間を費やして絆を深めてきたのです。」

メンタルヘルスの重要性を広めるために


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このようにしてメンタルヘルスと接してきたハートマンですが、このやり方がまだまだスタンダードでない現状に首を傾げています。彼にとってこれは今では常識的な考え方となったからです。

選手たちは食べ物に常に気を使い、エクササイズも欠かさず、また怪我をすれば医療チームに診てもらう・・・そう言ったことは皆何の疑いもなく行なっているのに、ことメンタルヘルスとなるとまだまだその意識は薄く、心的不安や恐怖心となると途端に蓋をして心の奥底にしまい込んでしまう選手が多いのが現状なのです。

「なぜ皆がこういったアプローチでメンタルヘルスと付き合っていかないのかと疑問に思うかもしれませんが、フットボール界にはまだまだメンタルヘルスへの固定観念が蔓延っており、それは『フットボーラーはタフでなければならない』という固定観念です。メンタルヘルスを口にするものは弱虫だ、という固定観念でもあります。だから自分の感情を押し殺し蓋をする。でも自分に無理強いするには限界があるし、線引きをしなければならないんです。もうこれ以上我慢することはない、と。」

昨年度、ハートマンとウェイクフォレスト大にとっての大一番となったACC優勝決定戦では惜しくもピッツバーグ大に敗れ、2006年以来のカンファレンスタイトル獲得はなりませんでした。おそらくハートマンも相当悔しい思いをしたでしょう。

そしてきっと実家に帰ったならば、昔のように湖畔にたたずみ水面を眺めながら自分自身を見つめる時間を作ったに違いありません。

でも苦境に立たされた自分とどう向き合うかという術を知っている彼は、自分の思いを隠すのではなく父親や母親に悔しさもろとも打ち明けるのです。

「他人が自分を弱虫だと罵っても何とも思いません。誰でも弱みを持っていますし、皆そんな弱みを他人にひけらかしてもいいんです。自分はその重要さに気づいてそれを発信できる立場にあります。もしそのことでたったの1人でも心が救われたと言ってくれるなら、これ以上嬉しいことはありません。」

そういったハートマンは来る2022年度シーズンでも注目のQB。当然腕の立つ選手でもありますが、フットボールだけが人生の全てではないというアプローチの伝道師としてぜひ注目したい選手です。

(参考記事:Sam Hartman’s Mental Health Awakening Changed His Life And Wake Forest’s Season by ESPN)

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