アリゾナ州立大のヴィクトリア・ジャクソン教授は今シーズンのカレッジフットボールはキャンセルされるべきだと訴えています。しかしそれはただ単に現在世界を揺るがしているコロナウイルスの大流行が理由というわけではないそうです。
今シーズンをキャンセルすべき理由
かつてアリゾナ州立大で陸上競技選手として長距離を走った元学生アスリートであるジャクソン教授。彼女はコロナ禍と並行して起こっている「Black Lives Matter(BLM)」運動に始まる社会的人権問題、学生アスリートの権利の問題、そしてコロナ禍がごっちゃになった現状は、現在のカレッジフットボールの存在意義を問うために絶好の機会だと説いています。
「我々はこの機会に大学におけるカレッジフットボールのバリュー、そしてこのスポーツと大学教育機関との関係性を問うべきなのです。」とはジャクソン教授。
ジャクソン教授はすでにボストングローブ紙において今シーズンのフットボールを中止するべきだという提案を寄稿していました。そしてその後も彼女は様々なアウトレットでこの主張を繰り返しています。
FCS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン)のアイビーリーグはNCAA1部カンファレンスの中でも早々に秋季スポーツすべてをキャンセルする決定を下しました。この決定は学生アスリートの健康安全を確立するためという理由なわけですが、ジャクソン教授がキャンセルすることを訴える理由は別のところにあります。
それはカレッジフットボールが「若い黒人アスリートとそのタレントを搾取するという腐ったシステム」であり、それを見直そうというものです。
「カレッジスポーツは長らくアメリカンドリームを体現できる舞台だと信じられてきました。しかし現実は、カレッジスポーツとは現在全米の至るところで行われている抗議行動を引き起こしたアメリカの悪しき側面の一部なのです。」
NILの権利
現在母校であるアリゾナ州立大で歴史や哲学、宗教を教えているジャクソン教授は、現在各地でコロナ禍の中カレッジフットボールの再開が叫ばれている現状をみてこう話しています。
「多くの大学がいつものようにビジネスを再開しようと急ぎすぎている。それはまるでこのパンデミックを利用してスポーツ再開を正当化するかのようにです。最近認められつつある学生アスリートの権利であるNIL(Name、Image、Likeliness)をどさくさに紛れて無かったものにしようとしているとすら見えます。」
NILの権利とは、学生アスリートが自分の肖像権などを用いて近い将来利益を得ることができるという権利です。これまでアマチュアリズムを貫いてきたNCAAでしたが、周りの要望に折れる形で最近学生がこのNILでお金を稼ぐことを容認する動きになっていたのです。
ジャクソン教授は続けます。
「ようやく勢いついてきたこの学生アスリートの権利の動きですが、これはこれまで学生アスリートを利用して利を得てきた既成システムへの挑戦でもあります。現在世の中を混沌の渦に叩き落としたコロナウイルスの大流行によって、学生アスリートがもう少しで手にすることが出来る権利がもみ消されてしまう可能性があることも否定できません。私の一番の危惧はせっかくここまでたどり着いた進歩が水の泡になってしまうのではないかということです。」
これまで各州でバラバラにNILを推進する動きが出ていましたが、NCAAは2021年までにNILを連邦レベルで法制化するよう働きかけていました。これにより特にフットボール選手や男子バスケットボール選手らが利益を得ることが出来ると考えられています。
学生アスリートの権利を守るために
そして先日議員からなる通商委員会はNCAAと会合を開き、このNILに関する集団訴訟に立ち向かえるような独占禁止保護を受けるべきか話し合ったといいます。なぜならこれまで何度もNCAAは学生アスリートからNIL関連で集団訴訟を起こされ負け続けているからです。
ジャクソン教授は、各大学は議会から独禁法から免除される特例を引き出そうということをやめるべきだと話しています。なぜならそれはこれまでと同様に自分の利益だけを追求することを意味しているからだ、と。そうではなく、これまで彼ら自身がカレッジスポーツを利用して利益をむさぼり、大学本来の目的である学業をないがしろにしてきたことを省み、そしてそれを改善することの責任を負うべきなのだ、と。
また彼女はカレッジフットボールが手に入れ、さらに浪費してきた膨大な利益にも触れ、「その大部分が黒人アスリートである学生たちの『労働』に対する対価は驚くほど微小であり、スカラシップ(スポーツ奨学金)にすり替えられている」とも論じています。
「それが形骸化していることだというのは明らかであるにも関わらず、カレッジスポーツは教育の一部だという主張ゆえに学生アスリートたちは労働者という扱いを受けてきませんでした。だから彼らは作為的に利益を得ることを制限され続けてきたのです。それが『アマチュアスポーツなのだ』という正義のもとに。」とジャクソン教授はカレッジスポーツの闇に切り込んでいます。
シーズン中止による経済的影響
今季カレッジフットボールが行われないとなると、経済的に大きなダメージを受けることはジャクソン教授も認識しています。スタンフォード大が11つの部活動を廃止することを決定したでも分かるように、大学スポーツはコロナ禍によってすでに財政難に陥るところも出てきているのです。
スタンフォード大といえば文武両道で有名な名門校ですが、その大学ですら「全部で36もある部活動を維持することは困難」(体育局関係者談)なわけです。彼らはコロナ禍の影響で来年度1200万ドル(1ドル100円計算で約12億円)の損失を抱える計算すら出ています。
ジャクソン教授が教えるアリゾナ州立大には現在24つの部が存在しています。2018年度の運用資産は1億500万ドル(約105億円)だったそうですが、そのうちの4300万ドル(約43億円)がアメフト部関連からの収入だったことを考えれば、もしフットボールシーズンがなくなってしまったらアリゾナ州立大も大打撃を受けてしまいます。
それでも・・・
しかしそれでもジャクソン教授の主張は変わりません。
「確かにシーズンをキャンセルするというのは大変厳しい選択です。私の知る多くの友人が大学スポーツ関連の仕事をしています。シーズンを中止するということはすなわち失業を意味するということも熟知しています。しかし、論理的さらには歴史的に現状を分析してみれば、これまで長きに渡りたくさんの人々を苦しめてきたこのシステムにメスを入れる時期が来たということを知ってほしいのです。」
そういった現実を直視し考えるために今季のカレッジフットボールは中止とすべきだというのがジャクソン教授の主張なのです。
アリゾナ州立大上層部、ならびにフットボール部のハーム・エドワーズ(Herm Edwards)監督とは未だに話すことが出来ていないとジャクソン教授は言っていますが、彼女は彼らが自分の主張を聞き入れるとは思っていません。しかし、フットボール部が大学体育局から分離独立し民営化されることによって危険なスポーツに身を置くフットボール選手たちがプレーすることによる対価と権利を保証されるべきだ、という教授のアイデアには耳を傾けるのではないか、と考えているようです。
(元ネタ:Arizona State professor advocates canceling college football season for more than COVID-19 by USA TODAY)