SEC(サウスイースタンカンファレンス)所属のテキサスA&M大はこの度新しい体育局長(Athletic Director/AD)にネブラスカ大のADだったトレヴ・アルバーツ(Trev Alberts)氏を招聘したと発表しました。
トレヴ・アルバーツとは?
アルバーツ氏といえば1993年度までネブラスカ大でLBとしてプレー。同じ年に年間最優秀LB賞と言われるディック・バトカス賞を獲得し、オールアメリカンにも選出され、同校で着用していた背番号34番は永久欠番になる程の選手。翌年の1994年のNFLドラフトでは第1巡目総合5番目にてインディアナポリスコルツに指名されるなど期待度は高かったのですが、怪我に泣かされて3年で引退。NFLではどちらかといえば「バスト」として知られている人物でもあります。
(ちなみにアルバーツ氏をめぐっては当時NFLドラフトのエキスパートとしてESPNに登場していたメル・カイパー・Jr氏がコルツのGMビル・トビン氏と一悶着を起こしたことでも知られています。簡単にいうとカイパー・Jr氏はコルツはアルバーツ氏ではなくトレント・ディルファー(Trent Dilfer、現アラバマ大バーミンガム校のHC)氏をドラフトするべきだったとこき下ろし、これにトビン氏が生放送で怒りをぶちまけたという話。詳しくはこちらで)
現役引退後はESPNのカレッジフットボール番組のコメンテーターを務めていましたが、当時のESPNのカレッジフットボール番組のエース組はクリス・フォウラー(Chris Fowler)氏、カーク・ハーブストリート(Kirk Herbstreit)氏、リー・コーソ(Lee Corso)氏の3人で、アルバーツ氏はリース・デーヴィス(Rece Davis、現在のESPNのカレッジフットボール番組におけるエースMC)、マーク・メイ(Mark May)氏と3人でエース組のサブ的立ち位置で主に深夜のハイライト番組を担当していました。
My favorite Trev Alberts was the Iowa Hawkeye loving Trev Alberts on ESPN’s Game Day
— Sam LaPorta America’s National Treasure (@kinnick519) March 13, 2024
God how I miss him.😢💔 pic.twitter.com/KKjRzDhkV0
しかしエース組の二番煎じ的なポジションに不満を持ったアルバーツ氏は、この状況が改善されないのならば出演しないと要求。それを受けてESPNは彼を解雇したという経歴も持っています。
ESPNを去ってから4年が経った2009年、アルバーツ氏はネブラスカ大系列の分校であるネブラスカ大オマハ校の体育局長に就任し、カレッジフットボール界に復帰。以来2021年までADを務めます。ネブラスカ大オマハ校はNCAA(全米大学体育協会)においてディビジョン2部に所属していた大学ですが、アルバーツ氏は同校をディビジョン1部に昇格させることに成功。ただ、そのかわり同校のアメフト部を廃部にするという大胆な改革も行っており、このことに関しては賛否両論でした。
そして2021年夏、ついに彼は母校の体育局の長としてネブラスカ大リンカーン校に凱旋してきます。
当時のネブラスカ大はアルバーツ氏が活躍していた1990年代の強さを微塵も感じることができないくらい落ちぶれており、チーム再建を託されて2018年に母校に帰ってくるも3年間で12勝20敗と振るわないスコット・フロスト(Scott Frost)監督の処遇をどうするかということに注目が集まっていた中でのアルバーツ氏の帰還となったわけです。
2021年度は3勝9敗と惨敗したフロスト監督でしたが、アルバーツ氏とフロスト監督は現役当時ギリギリ被っていた間柄であり、アルバーツ氏としては後輩に何とかチャンスを与えたいということで2022年度もフロスト監督続投を決めますが、そのシーズン開幕後1勝2敗となったところでついにアルバーツ氏もフロスト監督を庇いきれずシーズン途中で解雇することになります。
2021年時点でアルバーツ氏はフロスト監督を解雇すべきだったという声は確かに大きかったのですが、その彼の後釜に指名したのが元カロライナパンサーズのHCであるマット・ルール(Matt Rhule)監督でした。
ルール監督の初年度だった2023年は5勝7敗とまたも負け越し。しかしながらネブラスカ大にルール監督ほどのビッグネームを連れてきた手腕に対する評価は上々でしたし、また巨額のマルチメディア契約を取り付けたり、強豪として知られる女子バレーボール部をプロモートして、女子スポーツイベントとしては世界最多観客数となる9万2千人を動員したことでも知られている人物です。
Nebraska Women’s Volleyball breaks the world record for the largest crowd ever at a women’s sporting event (92,003) 🎉pic.twitter.com/QnSfh6x0Cn
— Daily Loud (@DailyLoud) August 31, 2023
そんなアルバーツ氏は昨年11月にネブラスカ大と契約更新を行い、2031年までの契約延長と年収170万ドル(1ドル100円計算だと約1億7000万円)のサラリーを締結したばかり。母校の再建に向けて邁進するかと思われていましたが、そこにきて彼は母校を去るという驚きの決断を下したのでした。
テキサスA&M大の新ADに
ネブラスカ大ではレジェンド的存在であり、ADとしてはまだ3年目が終わったばかりで、母校復活に向けてこれからという時のアルバーツ氏の離脱のニュースは驚きを持って伝えられました。
Trev Alberts has been selected as Texas A&M's new director of athletics.
— Texas A&M University 👍 (@TAMU) March 13, 2024
Read more: https://t.co/s6yaQUGlbt pic.twitter.com/wWWE9VNPzl
そもそもなぜテキサスA&M大が新ADを必要としていたかということですが、ここにはいわゆる「コーチング・カルーセル」のようなADの去就の連鎖反応が起きたからにほかありません。
ことの発端はオハイオ州立大。ここで2005年以来ADを務めてきた重鎮、ジーン・スミス(Gene Smith)氏が2024年6月で引退することを表明したことです。
ADとはフットボール部だけでなく全ての部活動を管理する人物。各スポーツがそれぞれ成功するようにコーチ陣を揃えたりファンドレイジングをしたりと、アスレティクスの繁栄には必要不可欠な人材です。
スミス氏はその仕事をアメリカのカレッジスポーツ界でも随一の規模を誇るオハイオ州立大で20年近くやってきた敏腕であり、彼がオハイオ州立大アスレティクスに及ぼしてきた影響を考えると彼の抜ける穴を埋めるのはそう簡単なことではないわけです。
そこでオハイオ州立大はスミス氏の後任を探すことになるわけですが、結果的に彼らが白羽の矢を立てたのがテキサスA&M大でADをしていたロス・ビョーク(Ross Bjork)氏。ビョーク氏はこれまでウエスタンケンタッキー大、ミシシッピ大でADを務めた後に2019年からテキサスA&M大へ赴任。彼の仕事として最も印象に残っていることといえば、破格での契約中だったジンボ・フィッシャー(Jimbo Fisher)氏を解雇して新監督にデューク大で監督をしていたマイク・エルコ(Mike Elko)氏を昨年シーズン後に連れてきたことでしょうか。
そのビョーク氏がオハイオ州立大へ去り、新しくADを探さなければならなかったテキサスA&M大がヘッドハントしたのがネブラスカ大のアルバーツ氏だったわけです。
ネブラスカ大にとっては大打撃
母校であり、その体育局で最もトップに立っていたアルバーツ氏がネブラスカ大を去るというのはなかなかのインパクトですが、やはりネブラスカ大自体にとっては大打撃といえます。
ネブラスカ大フットボール部はこれまで917勝を飾り、勝利数だけでいえば全米トップ10に入る名門ですが、1997年にナショナルタイトルを獲得して以来表舞台からは大分遠のいてしまいました。その間同大フットボール部はフランク・ソーリッチ(Frank Solich)氏、ビル・キャラハン(Bill Callahan)氏、ボ・ペリーニ(Bo Pelini)氏、マイク・ライリー(Mike Riley)氏、スコット・フロスト(Scott Frost)氏と監督を取っ替え引っ替えしてきましたが、安定した強さを築くまでには至りませんでした。
そんな中でアルバーツ氏が母校に凱旋し、マット・ルール監督を招聘。ルール体制ではまだ1年しか経っておらず、しかも初年度は負け越していますから、まだこの起用法が正しかったかどうかはわかりませんが、少なくともフロスト体制でガタ落ちとなっていた信用を取り戻すには十分だったようで、地元ではとりあえず平穏を取り戻すことができていました。
実際ルール監督がネブラスカ大監督就任の要請を受諾した理由にはアルバーツ氏と当時の大学長であるテッド・カーター(Ted Carter)氏の存在を挙げており、多大なる信頼を寄せていたことが伺えます。ちなみにこのカーター学長は今年1月にオハイオ州立大の大学長に就任しましたが、前出の元ADのビョーク氏がオハイオ州立大の新ADになったことは決して偶然ではないでしょう。
また男子バスケットボール部においてもアルバーツ氏の手腕は活きており、彼がADに就任した当時3年間で経ったの24勝しかできなかったバスケ部監督のフレッド・ホイバーグ(Fred Hoiberg)氏を敢えて残留させたのは今季吉と出ています。ネブラスカ大のバスケ部といえば日本人選手の富永啓生(とみながけいせい)選手の活躍が目覚ましいですが、同バスケ部は今年はBig Tenトーナメントで準決勝まで駒を進めました。
このままいけば来週から行われるNCAA男子バスケの祭典「マーチマッドネス」の全米トーナメントに10年ぶりに出場することが見込まれています。これもひとえにアルバーツ氏がむやみやたらにホイバーグ監督を解雇しなかったという決断が効いているともいえます。
さらにはネブラスカ大の本拠地であるメモリアルスタジアムの改築にも着手。100年の歴史を誇るこのスタジアムの改修工事費として4億5000万ドル(1ドル100円計算で約450億円)を用意した敏腕ぶりも見せてくれました。
ただアルバーツ氏が去った今、ネブラスカ大体育局には暗雲が立ち込めていると言えるかもしれません。早急に彼の後釜を探す必要があります。
テキサスA&M大としては?
大金持ちのブースター(後援者)が沢山いることで知られているテキサスA&M大ですが、そういった力を持っているブースターが多ければ多いほど体育局長は彼らをいなすことができる能力が必要とされます。ビョーク氏はそれが上手かったと言われていますが、ビョーク氏の後釜としてアルバーツ氏を引き抜くことに成功したのは大収穫だと思われます。
ネブラスカ大では3年ほどしかADとして勤務してきませんでしたが、彼がやってきた時の状況とその間に成し遂げたことを考えれば、現在のところアルバーツ氏はADとしての評価が上り調子。その彼を彼の母校であるネブラスカ大から去る決心をさせたのですから、軍資金ともどもテキサスA&M大の本気度が伺えます。
ネブラスカ大と違いテキサスA&M大には先にも述べた通り潤沢な資金が揃っており、ネブラスカ大のスタジアムの改修費用のために奔走するようなことをしなくてもいい訳で、アルバーツ氏としては他のプロジェクトに注力することができることになります。当然他のプロジェクトとはフットボール部の強化にほかありません。
テキサスA&M大は熱狂的なファンと莫大な金銭的サポートがありながら1939年以来ナショナルタイトルを手にしていません。この眠れる獅子をどうやって呼び覚まさせるのか・・・。それがアルバーツ氏の最大のプロジェクトとなります。
ADは全ての部活を管理する人物ではありますが、やはりその良し悪しはフットボール部やバスケットボール部の動向に左右されるもの。アルバーツ氏の強みは彼のバックグラウンドとして元々フットボーラーだったということが挙げられます。新監督のエルコ監督をどのようにバックアップしていくのか。そして彼の体制下で念願のプレーオフ進出ならびにナショナルタイトル獲りは叶うのか。注目です。