その年に最も活躍した選手に贈られる、カレッジフットボール界最高峰の個人賞であるハイズマントロフィー。手にすれば未来永劫語り継がれるという誰もが憧れるこのアワードを今年手にしたのはルイジアナ州立大の4年生QBジョー・バロウ(Joe Burrow)でした。
ハイズマントロフィーを受賞したジョー・バロウ
The legend is born
開幕時のハイズマントロフィー候補選手といえば昨年の全米優勝決定戦で大活躍したクレムソン大QBトレヴァー・ローレンス(Trevor Lawrence)やアラバマ大のQBトゥア・タガヴァイロア(Tua Tagovailoa)であり、バロウの名前が聞かれることはありませんでした。しかし2試合目のテキサス大戦での激戦を制するのに大きく貢献すると徐々にその存在感を世に示していきます。
その後フロリダ大、アーバン大というトップ10チームを次々と倒していくとバロウは確実にトロフィー候補のトップ選手の一員となりますが、彼のトロフィーへの評価を確実なものにしたのは9戦目となった3位のアラバマ大戦。この試合でバロウはアラバマ大ディフェンスから393パスヤードに3TDを奪い、また走力でも強力ディフェンスが売りのアラバマ大を一蹴。2011年以来の勝利をアラバマ大から奪い、トロフィーレースでライバルと言われたタガヴァイロアに競り勝ったことでその名を全米に知らしめました。
アラバマ大戦後に勝利を分かち合うバロウとエド・オルジェロン監督
その後もバロウ率いるルイジアナ州立大は勝ち続け、先日行われたジョージア大とのSEC優勝決定戦でも37対10と快勝してSECタイトルを引っさげて13勝0敗で見事にCFP(カレッジフットボールプレーオフ)出場を決めたのです。
ランナーアップとなったオクラホマ大QBジェイレン・ハーツ(Jalen Hurts)とオハイオ州立大QBジャスティン・フィールズ(Justin Fields)もそれぞれトロフィーを手にしてもおかしくなかった記録を残してきました。ただ彼らの活躍が霞んで見えてしまうほど今年のバロウの出来が想像を絶するものだったのです。
ルイジアナ州立大といえばランを重視してオフェンスを組み立てるチームとして長年知られてきました。しかしそれが現代のトレンドに合わずそのランヘビーオフェンスを頑なに変えなかったレス・マイルズ(Les Miles、現カンザス大)監督に変えてエド・オルジェロン(Ed Orgeron)監督を起用するに至ったのです。
そして今季からニューオーリンズセインツのスタッフだったジョー・ブレディ(Joe Brady)氏をQBコーチ兼パスゲームコーディネーターに迎えるとバロウの才能が開花。その結果バロウは今季だけで数々の大学新記録を打ち立てました。例えば・・・
パスヤード:4715ヤード
(前記録保持者:ローハン・デイヴィ氏【2001年】の3347ヤード)
パスTD数:48
(前記録保持者:マット・マック氏【2003年】ジャマーカス・ラッセル【2006年】の28)
前記録と比べるとバロウが打ち立てた新記録が飛び抜けていますが、それだけブレディ氏が演出しバロウが体現したルイジアナ州立大のオフェンスが従来のものから大きな進化を遂げたことの現れだと思います。
また新記録は大学だけにとどまらず、所属するSECでも1998年にティム・カウチ(Tim Couch、元ケンタッキー大)氏が打ち立てた4275ヤード、そして2017年にドリュー・ロック(Drew Lock、元ミズーリ大、現デンバーブロンコス)が記録した44TDという記録を塗り替えました。
さらに話を大きくすれば現在彼が持っているパス成功率77.9%はこのまま行けばNCAA新記録となるペースですし、QBの良し悪しを数字化したQBレーティング(パサーレーティング)でもアクティブQBのなかでは201.5ポイントと全米最高値を叩き出しています(途中怪我で戦線を離れたタガヴァイロアは9試合で206.9という数字を出していますが)。これまでの最高値が185だったことを考えればバロウの数字がいかに凄いかが分かるかもしれません。
これらのお化けレベルな新記録、無敗というチーム状況、さらに既に先日紹介したようにハイズマン以外の各賞を総なめしていたことを考えれば今回のトロフィー受賞は誰もが予想していたことでした。
その証拠にバロウが今回獲得した総得票ポイントは2608ポイントだったのですが2位のハーツとの差が1846ポイントも有り、これはハイズマントロフィーの歴史の中でも最大のポイント差だということです。さらにバロウが獲得した総合1位票の数(90.7%)、個人が獲得可能なポイントの%(93.8%)でも史上最高値を叩き出しており、今回のハイズマントロフィーレースはレースとは名ばかりの出来レースだったわけです。
投票結果
ジョー・バロウ (ルイジアナ州立大QB) |
2608ポイント |
ジェイレン・ハーツ (オクラホマ大QB) |
762ポイント |
ジャスティ・フィールズ (オハイオ州立大QB) |
747ポイント |
チェイス・ヤング (オハイオ州立大DL) |
643ポイント |
ジョナサン・テイラー (ウィスコンシン大RB) |
189ポイント |
J.K.ドビンズ (オハイオ州立大RB) |
114ポイント |
トレヴァー・ローレンス (クレムソン大QB) |
88ポイント |
ジャスティン・ハバート (オレゴン大QB) |
68ポイント |
トラヴィス・エティエン (オレゴン大QB) |
25ポイント |
トゥア・タガヴァイロア (アラバマ大QB) |
24ポイント |
苦境を乗り越えて
今回のファイナリストである4人のうち、ハーツ、フィールズ、バロウに共通すること・・・。それは3人共転校生ということです。ハーツは元アラバマ大、フィールズは元ジョージア大、そして今回トロフィーを手にしたバロウは元オハイオ州立大選手でした。
2014年度オハイオ州立大はアーバン・マイヤー(Urban Meyer)氏の下で全米制覇を成し遂げています。その翌年にバロウは入部してきたわけですが、その年はプレー資格を温存するためにレッドシャツ扱いに。そして2016年と2017年はJ.T.バレット(J.T. Barrett)のバックアップを務め、2018年の春の時点でマイヤー監督は先発の座をドゥウェイン・ハスキンズ(Dwayne Haskins、現ワシントンレッドスキンズ)に与えることになり、バロウは3年連続先発の座を逃すことになりました。
オハイオ州立大でバロウは不遇の時を過ごす
そこで彼は2018年度シーズン開幕前にオハイオ州立大から転校を決意。もともとオハイオ州出身だったバロウが州の旗艦大学であり名門であるオハイオ州立大を出ていくことは並々ならぬ覚悟であったことでしょう。しかし自分がバックアップの器で終わらないと決意したバロウがプレー機会を求めて決めた転校先・・・それがルイジアナ州立大だったのです。
地理、気候、文化・・・オハイオ州とルイジアナ州とでは何もかもが全く正反対の中、その新しい環境に飛び込んでいったバロウをオルジェロン監督らルイジアナ州立大は受け入れ、彼に先発QBというチャンスを与えました。
2018年度は13試合に出場し2894ヤードに16TDと可もなく不可もない記録に終わっていましたが、前述のブレディ氏がチームに加入してバロウのQBとしての素質が開眼。オルジェロン監督にしてみれば喉から手が出るほど欲しかったピュアパサーを手に入れることができたことでまさに完璧なマッチングだったわけです。
受賞式後のバロウとオルジェロン監督
オハイオ州立大ではチャンスを与えられなかったものの、新天地のルイジアナ州立大でセカンドチャンスを手に入れ、それを最大限に活かしてハイズマントロフィーを獲得するまでに至る・・・。しかもプレーオフでうまく行けば決勝戦で古巣のオハイオ州立大と対戦する可能性もあり、何か因縁めいたものすら感じてしまいました。
感動のスピーチ
とはいえバロウの受賞後のスピーチでは度々オハイオ州立大に感謝の意を伝える言葉を並べていたのは印象的でした。自分にチャンスをくれなかったチームというわけではなく、あくまで自分の才能を買ってリクルートしてくれて育ててくれたチームだというスタンスを崩していませんでした(本音かどうかは分かりませんが笑)。それがまず印象的でした。
しかし壇上でのバロウは常に感極まる感じでチームメートや両親などに感謝の言葉を述べているときから感情的になっていましたが、一番言葉に詰まっていたのはオルジェロン監督への謝辞を述べているシーンでした。
オハイオ州立大で過ごした3年間、ろくに試合に出れなくてもうこのレベルではプレーできないのではないかと自分で自分を疑っていたときに迎え入れてチャンスを与えてくれたのがオルジェンロン監督であり、彼が居なければ今の自分はありえないと嗚咽をこらえながらバロウは話していました。その姿に感情移入した人々は多かったと思います。
オハイオ州からやってきた自分を「義理の息子」と自ら表現したことからもオルジェロン監督を第二の父のように感じている節も見えたバロウ。その恩人に「大学は監督を永世監督にするべきだ」とジョークも交えて感謝の意を伝えていました。
壇上の後ろにはかつてのトロフィー受賞者がずらりと顔を連ね、受賞後のスピーチのあとには過去の受賞者たちが新たな受賞者であるバロウをハイズマンファミリーに新たに入ってくることを歓迎していました。バロウは今後NFLドラフトでも目玉選手となっていくことでしょうが、このシーンを見るとプロ入りすることよりもより崇高な時間を過ごしているように見えましたね。
そしていよいよ・・・
ということでレギュラーシーズン関連の行事はこれで全て終わり、今後はいよいよボウルゲーム、特にプレーオフへ本格的に注目が移っていくことになります。バロウ率いるルイジアナ州立大はハーツ率いるオクラホマ大と、そしてフィールズとチェイス・ヤング(Chase Young)率いるオハイオ州立大はクレムソン大と対決することになっています。ハイズマントロフィーのファイナリスト4人共プレーオフに残っているというのも興味深いです。
そしてもしルイジアナ州立大とオハイオ州立大が勝ち進めばそれこそ因縁の対決としてバロウが古巣と対峙するわけですが、そうなればドラマのストーリーとしては出来すぎています。もっともここまで全くと行っていいほどフィーチャーされていないクレムソン大が黙っていないとは思いますが、それはまた別の話。