2008年から2011年までオハイオ州立大に在籍し、当時全米トップレベルのリクルートといわれたテレル・プライヤー(Terrelle Pryor)でしたが、フットボール選手としての活躍の裏でチームルール違反常習者というレッテルも貼られた問題児でもありました。
オハイオ州立大時代のプライヤー
問題続きの彼にとって一番のトラブルは、自分の使っていたギアやサインと引き換えにタトューを掘ってもらっていた事がバレた事です。これはNCAAが定める不適切な便宜という違反行為で、結果彼は2011年度シーズン開幕から5試合も出場禁止処分に課せられてしまいました。これを不服としたプライヤーはこの年オハイオ州立大を去る事を決意し、NFLのサプリメントドラフトでオークランドレイダースに加入したのです。
この時プライヤーはドラフト入りを正当化させる為、①2011年度シーズンは全ての試合で不出場とする、②以後5年間はオハイオ州立大に出入りを禁止する、ということをオハイオ州立大にNFLに証明するよう要請。そしてこのオハイオ州立大の証明が大きく影響し、サプリメントドラフトに参加出来る事となったのです。
そして先日当時約束した「5年間の出入り禁止」が解禁となりました。
今回母校への出入りが可能になった事によってプライヤーはオハイオ州立大でオフシーズンにトレーニング出来たり、ゲストとして試合当日サイドラインに立つ事も出来るようになります。
プライヤーがオハイオ州立大を去っていった経過に関しては賛否両論ありますが、少なくとも彼自身はオハイオ州立大とまた繋がりたいと言う旨を昨年まで公表していました。そして2013年にはこの様に5年間の出入り禁止を自らのアイデアで施行してしまったこととに後悔しているとも言っていました。
在学中のプライヤーはナショナルチャンピオンに輝くような大きなチームとしての結果を残す事はできませんでした。しかし個人としては2010年に12勝1敗という素晴らし結果を残しシーズン後のボウルゲームではシュガーボウルに勝利するなど活躍。しかし当時の指揮官であったジム・トレッセル(Jim Tressel)氏が辞任し、オハイオ州立大が新しい過渡期を迎えつつあったその渦中にプライヤーはオハイオ州立大に見切りをつけてNFLへと巣立っていったのです。
オハイオ州立大ではQBとしてプレーするも現在所属するクリーブランドブラウンズではWRにコンバートされなんとかプロでの生活を長引かせるのに必死です。身体能力は備わっているので後はブラウンズでそれを活かすことが出来るかが鍵となるでしょうね。