1960年代
アラバマ大で指揮を執ったポール・ブライアント監督
順位 | チーム | 勝率(勝敗数) |
1 | アラバマ大 | 81%(90勝16敗4分け) |
2 | テキサス大 | 79%(86勝19敗3分け) |
3 | アーカンソー大 | 76%(82勝24敗1分け) |
4 | ペンシルバニア州立大 | 73%(77勝27敗1分け) |
5 | ミシシッピ大 | 71.2%(77勝25敗6分け) |
6 | ルイジアナ州立大 | 71.0%(76勝26敗5分け) |
7 | パデュー大 | 67% (65勝28敗3分け) |
8 | テネシー大 | 63%(67勝32敗6分け) |
9 | ノートルダム大 | 62%(62勝34敗4分け) |
10 | ミシガン州立大 | 61%(59勝34敗3分け) |
1957年、ライバルであり後にこの年のナショナルチャンピオンに輝いたアーバン大にコテンパンにやられたアラバマ大はジェニングス・ウィットワース監督を解雇。そしてその後釜には当時テキサスA&M大ヘッドコーチでアラバマ大の卒業生でもあるポール「ベアー」ブライアント監督が就任しました。その2年後の1959年シーズンにはアラバマ大は全米ランキングトップ10に返り咲いていました。そして1961年には全米制覇を成し遂げたのです。
この年代、アラバマ大は1961年、1964年、1965年と実に3度のナショナルタイトルを獲得。1960年代後半にかけて少し失速するも10年間で3度も全米の頂点に立ったことを考えればこの時期のナンバーワンチームがアラバマ大であったことは間違いありません。
アラバマ大以外にも多くのチームが台頭したのがこの年代でした。ダレル・ロイヤル監督率いるテキサス大、フランク・ブロイルズ監督率いるアーカンソー大、そしてジョー・パターノ監督率いるペンシルバニア州立大らに加え前年代から続いてミシシッピ大が快調。またミシガン州立大とパデュー大と言った北のチームもその存在感を見せつけました。
見て分かるようにアラバマ大、アーカンソー大、ミシシッピ大、ルイジアナ州立大、テネシー大といった、現在のSECチームがこの時からトップ10の半分であるチームを占めています。これまで主に北部や北東部に固まっていた強豪の分布図が大きく南下したことになります。