オハイオ州立大のアーバン・マイヤー(Urban Meyer)監督が今シーズンのボウルゲーム(ローズボウル)後に引退するというニュースが全米中を駆け巡ったばかりですが、その他にもシーズン終了後から各地で監督の解雇劇および雇用劇が繰り広げられています。どのチームが監督のクビを切ってどの新任コーチを起用することにしたのかということは追々このコーチングマーケットが落ち着いてからご紹介することにしますが、マイヤー監督の引退発表の前にもう一人カレッジフットボール界のレジェンドが現役コーチングからの引退を発表していました。カンザス州立大の生き仏、ビル・シュナイダー(Bill Snyder)監督です。
現在79歳とかなりお年を召したシュナイダー監督ですが、長いコーチングキャリアの中で初めてカレッジレベルで監督の職についたのがカンザス州立大。1989年に初就任した時カンザス州立大は正真正銘カレッジフットボール界で超お荷物チームでした。1935年からシュナイダー監督が就任する直前までの約50年間での戦績は131勝382敗17分けで勝率はたったの2割5分。1シーズンの平均勝利数は3勝にも満たなかったのです。
そんな誰も手を付けたがらなかった大学にやってきたシュナイダー監督ですが、3シーズン目の1991年には早くも9年ぶりの勝ち越しシーズンを達成するとその2年後の1993年には1910年以来のトータル9勝を挙げ、そこから8年連続9勝以上、1997年から2000年までは二桁勝利(11勝)を挙げるなどしてBig 12(旧Big 8)カンファレンスで強豪チームにのし上がったのです。言葉だけで表すとこの凄さが伝わりにくいかもしれませんが、ここに至るまでのカンザス州立大の酷さを考えるとシュナイダー監督が成し遂げたことは奇跡にも近いことです。
歳をとってもコーチとして指揮し続けたシュナイダー監督
2003年には1934年以来チーム史上2度目となるカンファレンスタイトルを獲得し、その名をカレッジフットボール界に刻むことになりますが、2004年と2005年に負け越し、そこが引き際だと感じたシュナイダー監督はカンザス州立大を去る決意をします。
しかしチームを引き継いだロン・プリンス(Ron Prince)監督は3年間で17勝20敗と勝ち越すことができず、愛するチームが苦戦するのを見ていられなくなったシュナイダー監督は引退を取り消して2009年度シーズンに現場復帰。そして見事に2012年にはチーム史上3度目のカンファレンスチャンピオンに輝き、その後もコンスタントに勝ち越せるチームを世に送り出していきました。
しかしながら今年は5勝7敗と負け越し9年ぶりにボウルゲーム出場を逃しました。彼はすでに大学側と2022年までの契約更新をしており、もし仮にこのままコーチを続けていれば2022年には83歳になる計算です。さすがに高齢であることもあり、健康状態が心配されることもありましたが、彼自身は健康である限りコーチングは続けたいと何度も明言してきました。これまでのカンザス州立大への貢献度を考えれば、いかに残念なシーズンを送ったとしても誰もシュナイダー監督を解雇するようなことはできなしし、ここまで来たら彼自身が辞めると言うまで一蓮托生だという雰囲気はありましたが、今年のチームの出来、そしてBig 12カンファレンス内でもオクラホマ大やテキサス大が若い監督を起用して力をつけているところを見れば、いかにシュナイダー監督でもそろそろ引き際なのではないかという声は聞かれていました。
おそらく個人的にはコーチングを続けたいと思っていたのかもしれませんが、同じように現在のカレッジフットボール界の現状を見た時、自身の愛するカンザス州立大が自分が指揮することによって衰弱していくことを見るのが許せなかったのかもしれません。2015年にはカレッジフットボールの殿堂入りも果たし、自分の成すべきこと、役目は終わったと感じたのか、今シーズンを持ってトータル40年以上のコーチングキャリアにピリオドを打ったのでした。
第1次、2次政権合わせて27年間カンザス州立大を率いたシュナイダー監督の通算戦績は215勝117敗1分け。この間彼の下でコーチングを学んで巣立っていったコーチたちは数知れず。彼の主な弟子たちにはブレット・ビルマ(元ウィスコンシン大、アーカンソー大監督)氏、ジム・レヴィット(元サウスフロリダ大監督、現オレゴン大DC)氏、マーク・マンジーノ(元カンザス大監督)、レックス・ライアン(元ニューヨークジェッツ、バッファロー・ビルズ監督)、ボブ・ストゥープス(元オクラホマ大監督)マイク・ストゥープス(元ありゾアン大監督)ら錚々たるメンバーがいます。
2016年度に対戦した際の元オクラホマ大監督のボブ・ストゥープス氏とシュナイダー監督
しかし何と言ってもシュナイダー監督といえば、フットボールの試合での勝ち負けだけでなく、選手たちを大人の人間として育てることに多くの熱意を費やしていたことです。それは時に「オールドスクール(古臭い手法)」と揶揄されることもありますが、カレッジフットボール選手の大半は大学を卒業すれば普通に仕事について社会に出ていくことになります。そこでいかに成功するかにシュナイダー監督は重きをおいていたのです。大学にはフットボールをプレーしに行く、とか、大学フットボールはプロフットボールへの中間地点だ、とのたまう若者が増える中、学業だとかコミュニティーサービスの重要さを説いたシュナイダー監督のアプローチは今では逆に新鮮に写ります。
筆者がカレッジフットボールを追いかけ始めてから20年ほど立ちますが、この間前時代に活躍した「オールドスクール」コーチは次々と現役を退いていきました。ボビー・バウデン(Bobby Bowden、元フロリダ州立大監督)氏、ジョー・パターノ(Joe Paterno、元ペンシルバニア州立大監督/故人)、ラヴェル・エドワーズ(LaVell Edwards、元ブリガムヤング大監督/故人)氏、フィリップ・フルマー(Phillip Fulmer、元テネシー大監督)氏、スティーヴ・スパリアー(Steve Spurrier、元フロリダ大、サウスカロライナ大監督)、ルー・ホルツ(Lou Holtz、元ノートルダム大、サウスカロライナ大監督)氏、フランク・ビーマー(Frank Beamer、元バージニア工科大監督)氏などなど・・・。
そして今回古参のコーチとして最後の砦とも言えたシュナイダー監督が引退することになったことを考えると、いよいよカレッジフットボール界の一時代が終わったのかな・・・と感じ、少し寂しい気がします。勝ち負けばかりにこだわり、そのためには資金を湯水の如くつぎ込み続ける現在のカレッジフットボール界に警鐘を鳴らし続けたシュナイダー監督。カンザス州立大コミュニティーだけでなくカレッジフットボール界全体から彼の引退は惜しまれることでしょう。
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どうしようもなかったカンザス州立大を戦える集団に変えたシュナイダー監督のコーチとしての手腕はもとより、誰からも愛される人間性が彼のレガシーとして今後永遠に語り継がれていくことでしょうね。
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