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かつて栄華を極めたトリプルオプションには絶滅の道しか待っていないのでしょうか?それは何をして「絶滅」と定めるかによるのかもしれません。
トリプルオプションの流派
1960年代より様々な流派を生んできたオプションフットボールはゆっくりとそのポピュラリティーを失っていきました。その流れは止めることは出来ないと誰もが思っていましたが、ポール・ジョンソン(Paul Johnson)氏が2008年にジョージア工科大監督に起用されたことでその流れを多少緩めることになります。そして彼のもとでオプションフットボールを学んだ3人のアシスタントコーチは現在その流れをカレッジフットボール界で維持すべくこの稀有な存在なるスキームを継承しています。
それが陸軍士官学校のジェフ・モンケン(Jeff Monken)監督であり、海軍士官学校のケン・ニウマタロロ(Ken Niumatalolo)監督であり、ケネソー州立大(FCS)のブライアン・ボハノン(Brian Bohannon)監督なのです。ちなみにこの3人のオプション使いのそれぞれの大学でのトータル戦績は236勝137敗で勝率6割3分2厘という数字も出ており、トリプルオプションでもしっかりと結果を出せることを証明しています。
上のインフォグラフィックはアメリカの大手スポーツメディアであるスポーツイラストレイテッドがオプションフットボールの流派をトラックバックしたものです。赤がスプリットT、ヴィアーが紺、ウィッシュボーンが緑、フレックスボーンが紫、I-オプションが茶、スプレッドオプションが青緑(ターコイズ)となっています。
トリプルオプションというくくりでみればヒューストン大のビル・ヨーマン(Bill Yeoman)監督が発祥であるといえます。ヨーマン監督がトリプルオプション(ヴィアー)を編み出した背景にはチームが頻繁にブロックアサインメントをミスしてしまう状況を改善したかったという事実がありました。また彼のオプションにインスパイアされたテキサス大のオフェンシブコーディネーター、エモリー・ベラード(Emory Bellard)氏がウィッシュボーンフォーメーションを開発したと言われています。ウィッシュボーンを初導入したテキサス大は1968年から破竹の30連勝を飾りました。
そしてそのウィッシュボーンを用いてオクラホマ大のバリー・スウィッツァー(Barry Switzer)監督は3度のナショナルタイトル、12度のBig 8カンファレンス(現在のBig 12カンファレンス)タイトルを獲得し、70年代から80年代の王国構築に大きく貢献。そしてその影響はBig 8内でのライバルでもあったネブラスカ大までにおよび、彼らは1990年代に全米制覇を3度成し遂げています。
オプションフットボールをマスターするには反復練習が必要不可欠であり、それは1日2日でできるようなものではなく何ヶ月にも及ぶ練習を経てなすことが出来たものです。かつてウィッシュボーンフォーメーションで強豪校と謳われたネブラスカ大の名将、トム・オズボーン(Tom Osborne)氏は当時スウィッツァー監督率いるオクラホマ大のウィッシュボーンに対抗すべく採った策がウィッシュボーンにウィッシュボーンをぶつけるという作戦でした。
その作戦は徐々にオクラホマ大オフェンスを勢いを止めることに成功していきましたが、それは自分たちが同じウィッシュボーンを使うことで相手のポゼッションタイムを相殺させることが出来たから。オズボーン監督は当時を振り返り、「オクラホマ大のランアタックを250ヤードに抑えられたことは結果的に作戦としては大成功だったのです。」と笑いました。それだけオクラホマ大のランアタックが驚異的だったということであり、それを250ヤードに抑えただけ万々歳だったというわけです。
そしてそのネブラスカ大を現在率いているのは1995年にオズボーン監督の下でQBとしてナショナルタイトルを獲得したスコット・フロスト(Scott Frost)監督なわけです。
一方ジョージア工科大のジョンソン元監督から時系列をさかのぼってみると、そこにはアラバマ大のポール・ブライアント(Paul Bryant)監督やアーバン大のパット・ダイ(Pat Dye)監督といった巨匠らに通じることがわかります。ブライアント監督はテキサス大のウィッシュボーンの名声を聞きつけてわざわざテキサス大キャンパスまで出向いてそのオフェンスを伝授されたといいます。そしてそのブライアント監督の下でアシスタントコーチを務めていたダイ監督もそのウィッシュボーンを受け継ぎ、後にアラバマ大の最大のライバルであるアーバン大にこのオフェンスを持ち込んだのです。
このようにヨーマン監督を宗主とするオプションフットボールの流れは形を変えながら50年間以上生きながらえてきたわけです。トリプルオプションというネーミング自体は聞かなくなったとしても、ユタ大でスプレッドオプションを用いて名を挙げ、フロリダ大とオハイオ州立大で合わせて3つのナショナルタイトルを手中に収めたアーバン・マイヤー(Urban Meyer、現ジャクソンビルジャガーズ)監督や彼の流れを汲む現フロリダ大のダン・マレン(Dan Mullen)監督も形を変えたオプションフットボールを取り入れていることになります。
トリプルオプションの衰退
現在ESPNなどで解説者として活躍し、現役時代にルイジアナ州立大やNFLでもプレーしたブガー・マクファーランド(Booger McFarland)氏は今後も何らかの形でオプションフットボールが復活するのではないかと予想しています。彼いわく、「もしオプション使いのチームがアラバマ大レベルのロースターを持てたとしたら、そんなチームがまた世間を席巻する可能性は大いにあるでしょう。観客からしたら面白みは無いかもしれませんが。」
面白みがない、というのは見る人それぞれだと思いますが、オプション好きの筆者としてはいつまでも見ていたいオフェンスです。しかし一方でパスヘビーになり大量に得点しないと試合に勝てないという現代のトレンドからすれば物足りなさはあるかもしれません。結果は出るが試合内容は非常に淡白。一度マスターすれば長いこと使用できる戦術ながら内容は非常に単純。それがトリプルオプションの真実です。
オプションフットボールが全盛期だった1980年代まで3分の1のナショナルタイトルはオプションを操るチームによって手にされてきました。そんなオプションフットボールが衰退していったのはやはり全体的にパスオフェンスが発展しその威力が結果に直結していったからです。ラン主体のオプションオフェンスにおいて50ヤード進むのに10プレーかかっていたところ、パス一本の1プレーで50ヤード進めてしまうオフェンスの利用価値が高まっていったというわけです。
それは1980年代に興隆したブリガムヤング大に代表されるウエストコーストオフェンスやフロリダ大のスティーヴ・スパリアー(Steve Spurrier)監督が発案したファンアンドガン(Fun ‘n Gun)、そしてマイク・リーチ(Mike Leach、現ミシシッピ州立大)らのエアーレイドオフェンスといったパスヘビーオフェンスによってフットボール界の勢力図が塗り替えられ、それによって大学チームにリクルートされる選手のトレンドも変わっていったことに繋がります。華やかなQBやWRといったポジションに憧れる選手が増えることで純粋なトリプルオプションを敬遠する高校チームが徐々に多くなっていったのです。
またディフェンス選手の能力が格段に上がったという点も見逃せません。特にスピード。相手オフェンスの選択肢が複数あることからディフェンスは後手になり初動が遅れます。それを上手くQBが読み素早く判断できればオフェンスのゲインは見込めたものでした。しかし現代ではトレーニングが向上し守備選手個々のスピードが上がったせいでリードブロッカーをかわしたり、ダブルチームにも負けない選手が増えてきたのです。すべてのオプションが止められなくとも、キープレーで1stダウンを与えないような守備が増えれば、もともと高得点よりもボールコントロールで陣取り合戦をするオプションチームにとってこれは致命的です。
そして大事なQBを怪我に晒す危険性がトリプルオプションには有ることも忘れてはなりません。いかに運動能力の高いQBとはいえ、走る回数が増えれば増えるほど怪我を負う確率は増えるわけです。特にパスオフェンスの有益性が見直されればなおさらQBを壊されるわけにはいきません。そういった面を含めてトリプルオプションオフェンスは徐々にそのポピュラリティーを失っていったのです。
士官学校のトリプルオプション
そういった意味では士官学校(陸・海・空)でオプションフットボールが支持されている理由はよくわかります。士官学校におけるリクルーティングは他の大学チームとは当然異なってきます。他の学校ではとにかくフットボールが上手くてある程度の成績を持っている選手が勧誘されるわけですが、士官学校の真の目的は未来の軍人を育成することにあるわけで、それを目指す上でフットボールもできる人材を探すのは容易なことではありません。
陸軍士官学校では2017年度シーズンに1度もパス成功がなかった試合が4試合もありました。しかもその中でもパスプレーが1つも選択されなかった試合が1つあったのです。その4試合での戦績は3勝1敗。その3勝のうちの1つ(対フォーダム大戦)ではランだけで513ヤードも稼ぎました。ノーパスで500ヤード以上も走ったという記録は1997年以来20年ぶりの快挙だったのです。
陸軍士官学校の最大のライバルである海軍士官学校もトリプルオプションを主戦力とするチームですが、彼らを率いるニウマタロロ監督は「トリプルオプションを使用する我々のような現場の人間はこのオフェンスがまだ機能すると十分にわかっています。このオフェンスを使ってこれまで我々は倒せるはずがないと言われてきた相手を打ち負かしてきたのですから。」と現在でもトリプルオプションオフェンスを使うことに大きなプライドを感じています。
そんな現在数えるほどしかいないトリプルオプションの使い手の二ウマタロロ監督はこれまで何度かパワー5カンファレンスチームの新監督候補に名前が挙げられてきました。最近では2017年にアリゾナ大で監督の座に空きが出た時にニウマタロロ監督の名前が浮上しましたが、それを聞きつけたアリゾナ大ファンたちはパニックに陥ったといいます。「アリゾナ大にトリプルオプションなど必要ない」と。
また当時のQBであるカリル・テイト(Khalil Tate)は「俺はトリプルオプションをプレーするためにアリゾナ大に進学したのではない」とソーシャルメディアでつぶやいたほど。結果的にニウマタロロ監督は海軍士官学校に残留しアリゾナ大はケヴィン・サムリン(Kevin Sumlin、現アラバマ大アナリスト)を起用したのです。
トリプルオプションを表立って使うチームは決まってタフなチームです。かつて空軍士官学校を率いたフィッシャー・デベリー(Fisher DeBerry)元監督もそんな人物の一人。現在80歳を過ぎコーチングから引退して15年たったデベリー氏は今でもトリプルオプションには強い愛情を感じており、このオフェンスに否定的な意見を聞こうものならば今でも声を荒立てるほどです。
そのデベリー氏は特に「トリプルオプションチームはパスを投げられない」という批評に敏感でした。1980年に空軍士官学校にアシスタントとしてやってきたデベリー氏は当時の監督であるケン・ハットフィールド(Ken Hatfield)監督とともにウィッシュボーンを改良したフレックスボーンベースのトリプルオプションを1982年から取り入れます。これまでバックフィールドに二人配置していたRB(TB)をスロットバックとして左右に配置することでパスアタックの威力を高めたのです。
このオフェンスを導入した空軍士官学校は最初の4年間で38勝を稼ぎ1984年にはWAC(ウエスタンアスレティックカンファレンス、現在は消滅)優勝を果たしました。現在はそのデベリー監督の下でプレーしたトロイ・カフーン(Troy Calhoun)監督が指揮を取りますが、彼は未だにフレックスボーンベースのトリプルオプションにスプレッドの要素を絡めたオフェンスを操っています。
カフーン監督率いる空軍士官学校は2019年には出場したチーズイットボウルでPac-12カンファレンスのワシントン州立大と対決。この試合で空軍士官学校はフレックスボーンのトリプルオプションで驚異の371ランヤード(4TD)を記録して31対21で快勝。立派にパワー5チーム相手にトリプルオプションで結果を残したのです。
このようにカレッジフットボール全体でみれば明らかにトリプルオプションは影を潜めていますが、士官学校では未だに主戦力としてこのオフェンスが使用され続けているのです。
トリプルオプションオフェンスの過去・現在・未来を探る第2弾。今回は1960年代より脈々と続くトリプルオプションの流派、それが衰退していった理由、そしてそんな中でもこのオフェンスを未だに使い続ける士官学校たちのお話です。
— Any Given Saturday (@ags_football1) June 7, 2021
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