ワシントンレッドスキンズの改名
昨今沸き起こっている、黒人の人権運動である「Black Lives Matter」運動はその目的を越えて全ての人種に対する平等性や公平性を訴える考え方に変化している部分があります。
この訴えは黒人や非白人だけにとどまらずアメリカのネイティヴアメリカンの人々に対しても当てはまるのですが、その影響でワシントンレッドスキンズの名前およびロゴを変えよという意見が沸き起こっていました。
御存知の通りレッドスキンズとはネイティヴアメリカン(インディアン)を指す言葉ですが、これはアメリカにヨーロッパ人が移民してきてから自分たちを「白」、アフリカ奴隷たちを「黒」と区別したようにインディアンたちを「赤」という色で仕分けしたことから始まります。これを先住民族である彼らが差別用語だとして忌み嫌っているわけです。
そもそもワシントンに対し現行のニックネームとロゴを替えよという声は今に始まったことではありません。しかし今回のBLM運動に乗じて再び彼らのニックネームとロゴの問題が議論され始めました。
そしてまず、これまでにも度々起きていたこの批判をかわし続けていきたオーナーのダン・シュナイダー氏のやり方をよく思わない3人の株主が持ち株を売り払おうとしているという報道が流れました。そしてさらに大手小売企業であるアマゾン、ナイキ、ウォールマートなどがレッドスキンズの商品を棚から下ろすという抗議行動を始め、チームは今までにないプレッシャーを受けることになります。
そしてついに先日チームはレッドスキンズというニックネームならびにインディアンを模したロゴを今後使用しないという決定を下したのです。
ちなみにネイティブアメリカンのニックネームやロゴを使用している(もしくはそれを連想させるものを使用している)その他のアメリカのプロチームには以下のものがあります
アトランタブレーブス(MLB)
シカゴブラックホークス(NHL)
カレッジにおける先住民族のニックネーム
イリノイ大のかつてのマスコット、チーフ・イライニウェク
長いこと批判されながらも改名を拒み続けてきたワシントンレッドスキンズがついに折れたことから同じような名前を持つ他のチームにもこの波が押し寄せることは容易に想像できます。
カレッジの世界でもネイティヴアメリカンのニックネームを冠するチームはこれまでもたくさんありました。
例えばスタンフォード大は1972年までインディアンズでしたし、イースタンミシガン大は1991年までフーロンズの名を使用、マサチューセッツ大は1972年までレッドメン、マイアミ大(オハイオ州)も1997年までレッドスキンズ、シラキュース大は1978年までウォーリアーズという名前を使用していました。
またFCSのアイビーリーグのダートマスカレッジもスタンフォード大と同じく1970年代までインディアンズというニックネーム、テネシー大チャタヌーガ校は1996年までモカシンズ、コルゲート大は2001年までレッドレイダーズとその他にも多くのインディアン系の名前を持つ大学が存在していましたが、それぞれ名前を改名して今に至ります。
そしてさらに2005年にはNCAAがニックネームが適正かどうか調査に介入し、合計31チームにニックネーム使用継続に関して決断を促す発表を下しました。これによりルイジアナ大モンロー校がインディアンズの名をワーホークスに変えています。
一方セントラルミシガン大のニックネームであるチペワーズ(Chippewas)は先住民族であるチペワ族に起源を持ちますが、大学は彼らの支持を得てこのニックネーム使用を継続。同じくユタ大もニックネームは先住民族のユト族に起源を持ちますが、ここでも大学はユト族から使用許可を得ているために今日までユーツ(Utes)というニックネームを使っています。
またイリノイ大はその名を「ファイティングイライナイ(Fighting Illini)」としますが、このイライナイとは元々先住民族のグループを表す名前でした。また大学はそのマスコット並びにロゴとしてイライナイ族の酋長を意味する「チーフ・イライニウェク(Chief Illiniwek)」を使用してきました。
しかし上記のNCAAの介入を受けて大学はこのロゴを使用禁止にしましたが、ニックネームは「イライナイ」をイリノイ州に掛けて先住民族とは無関係とする方向で今後使用していくことで改名を免れたという経緯があります。
フロリダ州立大セミノールズ
そしておそらくワシントンレッドスキンズがそのニックネーム使用を破棄することで次にターゲットとなり得るのはフロリダ州立大セミノールズではないかと予想できます。
御存知の通りフロリダ州立大のブランド力はプロチーム顔負けですから影響力は他のどのチームよりも大きいわけですが、その彼らのニックネームである「セミノールズ」もまた先住民族セミノール族に由来しています。
セントラルミシガン大やユタ大のケースと違い、フロリダ州立大はフロリダ州のセミノールズ族からニックネームの使用許可を得ておらず、むしろ彼らから使用禁止を要請されているほどです。しかも彼らはニックネームだけでなく、ロゴ、そしてマスコットである「チーフ・オセオラ」、更にはかの有名な「トマホークチョップ」とネイティヴアメリカンのイメージを全面にチームの文化に取り入れているのです。
フロリダ州立大ファンによるアイコニックな「トマホークチョップ」
名前元のセミノール族自身から使用禁止を求められるとあれば当然使用し続けるフロリダ州立大には批判の声が浴びせられることになります。しかし彼らは彼らがこれまで築いてきたイメージを維持するためにこの批判をかわし続けてきました。
2005年のNCAAの調査要請に際してもこのスタンスは変わりませんでしたが、セミノール族というのは実は1つではなく大きく分けると3つありそのうちのオリジナルであるフロリダ州のセミノール族がフロリダ州立大のニックネームなどの使用を許可しなかったのに対し、オクラホマ州のセミノール族がこれを支持したためにNCAAは同校にニックネームなどをの使用継続を許可したのです。
ただ前述の通り全会一致でこの事が賛成されているわけではなくこれが未だにシコリを残し、フロリダ州立大への批判の声は収まっていないわけです。
しかも相手を威嚇するジェスチャーとして知られるトマホークチョップやワーチャントが未だに先住民族を模倣する行為だという批判は多いですし、最近では学生たちが試合会場にインディアンのコスチュームを着てくることを禁止する要請を起こすなど、フロリダ州立大のイメージとして広まっているインディアンに関するものがすべての人に受け入れられていないという事実があります。
フロリダ州立大にも変化の波が訪れるか?
1980年代の終わりから全米の強豪チームの仲間入りを果たしたフロリダ州立大は地元を中心に大変なブランド力を持っています。その彼らと共に歩んできたセミノールズという名前やロゴは彼らの文化の一つとなっており、それを手放すことに拒否反応が起こることは十分理解できます。
しかし今回起こったBLMではそのような固定観念が知らないうちに他人を傷つけているということを理解すべきだという訴えにもなっており、「古き良き・・・」などという言葉で全てを解決させてきた風習に風穴を開けています。
ですから今後フロリダ州立大がワシントンレッドスキンズが直面した事態に遭遇することは容易に想像できることなのです。
たしかに長く親しまれてきたものを手放して新しい物を受け入れるのには大変なパワーを労します。とくに思い入れが強ければ強いほどそれを拒否しがちです。
しかし例えばNBAのワシントンウィザーズは1974年から1997年まで20年以上ブレッツ(弾丸)という名で親しまれてきましたが、銃規制の風潮の中でウィザーズに改名。確かに改名当初はしっくり来なかったものの時を経てウィザーズという名前は板につき、特に若い世代にはこのチームはウィザーズとして知られれるようになりました。
このように改名には拒否反応が起こりがちですが、それも時間が解決してくれるという事実もあります。もっとも歴史的に見てフロリダ州立大のそれとワシントンウィザーズのそれとでは重みが違いますから一概に比べられませんが、しかしそれでもワシントンレッドスキンズが改名を決意したのですからこの論理は通らなくなりそうです。
改名するためには確かに労力がかかるのは事実です。スタジアムやその他の施設に施されているニックネームやロゴの変更作業、すでに市場に出回っているニックネームやロゴ入りの商品の回収、そして新ニックネームやロゴの設定作業・・・。改名するだけでかなりの損失になるのという意見もあります。
しかしある研究によると、支持されないインディアン系の名前を使用するプロチームが経済的に上手くいかないという結果が出ていたり、経済誌フォーブスのある記事では「不適切なマスコットを使用することはマーケット的もしくはビジネス的には悪いアイデアであり、悪しき歴史をたどることになる」と警鐘を鳴らしています。
つまりフロリダ州立大(さらには未だにインディアン系の名前などを使用する他のチーム)にはファンたちのノスタルジア以外に名前を変えない理由は無いということになります。セミノール族という少数民族の反対意見なら無視しても構わないのか・・・そのような今までにないプレッシャーが今回のワシントンレッドスキンズの改名騒ぎで湧き上がってもおかしくはありません。
個人的にはフロリダ州立大=セミノールズであり、チーフオセオラであり、トマホークチョップであるという意識は強いですから、もしこれら全てが破棄されれば寂しいという感情は生まれることでしょうが、もし改名せよというような動きが生まれたとすれば今の風潮からするとその私の意識すら間違ったものとなるわけです。
今の所ナショナルレベルでフロリダ州立大に向けての批判は起きていないようですが、もしそれが現実のものになったら今回ばかりは彼らも大きな決断を迫られることになるかもしれません。