長いカレッジフットボールの歴史の変化はルールの変化でもあります。試合を有効にすすめるため、選手の怪我を減らすため、そしてチームの管理運営が公平であるためにNCAA(全米大学体育協会)は常にルールを調整してきました。
そしてこの4月、NCAAのルール規定委員会は2019年度シーズンから施行される改正されたルールを発表しました。
ターゲッティング
ターゲッティングとは故意に相手選手を不必要に狙って行うタックルのことで、主に頭部と首周辺へのタックルに適用されるファールです。想像の通りこれは脳震とう(Concussion)や首への重大なる怪我を防ぐためのルールであります。ターゲッティングのファール自体は導入されて数年経ちますが、怪我発生の抑止力としての威力はある程度発揮されているものの、「故意」の定義が曖昧だと批判されることもしばしばでした。
頭部へのターゲッティングは厳しく処罰されます
これまでならばターゲッティングの反則が認められた場合、そのプレーはビデオ判定に持ち込まれ、その結果そのタックルが故意であったかどうか明確に示すことが出来なければ、審判がフィールド上で下した判定が有効(Stand)となりました。
わかりやすく言うとこういう流れです。
ターゲッティングの反則が審判によって取られる
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ビデオ判定に持ち込まれる
↓
ビデオ判定で故意のタックルだったか、もしくは故意でなかったかどうかを立証できない
↓
フィールド上での判定が採用される(=その選手は退場処分となる)
今回定められた改正ルールによるとターゲッティングの反則はもれなくビデオ判定に持ち込まれ、審判団はそれがターゲッティングだったのかどうかの有無を明確に答えとして出さなければならない。つまり、これまでのように「証拠不十分だった」としてフィールド上での判定を採用することを禁ずることになったのです。
つまりこういうことです。
ターゲッティングの反則が審判によって取られる
↓
ビデオ判定に持ち込まれる
↓
そのタックルがルールに定められたターゲッティングの基準を全て満たしているのかどうか吟味される
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もしその基準が満たされていればそのプレーが正式にターゲッティングの反則として裁かれるが、その基準に満たされていなければそれはターゲッティングではなかったということになり、フィールド上での判定が覆されターゲッティングはなかったことになる
審判たちはビデオ判定の末に「明確な証拠がなかった」と言えなくなるということですね。これはきわどいターゲッティングの反則が半ば主観的に裁かれることを阻止するための改正案であり、これまでなんとなく曖昧だったターゲッティングの反則に白黒つけようというルール選定委員会の苦肉の策だといえます。
また常習犯をなくすための手段として、シーズン中3回ターゲッティングの反則を食らった選手は1試合出場禁止処分となるという新ルールも付け加えられました。
新オーバータイムルール
ルール選定委員会はオーバータイムのルールにもテコ入れを敢行しました。
昨年まではオーバータイムが永遠に続くことを防ぐために、3度目のオーバータイム以降はTD後のPATで2ポイントコンバージョンを必ず行わなければならないというルールがありました。PATキックよりも2ポイントコンバージョンの方が成功率が多少落ち、それがオーバータイムの早期終了に繋がるからです。
昨シーズン7度のOTにまでもつれ込んだLSU対テキサスA&M大の試合
しかし昨シーズンのレギュラーシーズン最終戦となったルイジアナ州立大対テキサスA&M大の試合は決着がつくまでになんと7ラウンドものオーバータイムを経験。6時39分にキックオフされたゲームが終わったのは11時32分。所要時間がなんと4時間53分というとんでもない長丁場のゲームになりました。
参考記事テキサスA&M大74、ルイジアナ州立大72この試合は見ている方は大変エキサイトしたかもしれませんが、流石に6度目7度目の攻撃になると双方とも疲労困憊しているのが手に取るように分かり、むしろ「早く終わってくれ」と願っているようにも映っていました。
結局テキサスA&M大が勝ったのですが、ここまでもつれ込む試合は非常にレアであるにせよ、選手の安全性やプレーのクオリティーを考えればTD後に2ポイントコンバージョンを強いるという現行のルールだけでは不十分だという声が上がっていました。
そこで今回制定された新ルールでは5度目のオーバータイムからは通常のオーバータイム方式を廃止し、直接2ポイントコンバージョンのみで争われることになります。つまり5度目以降は両チームともプレーチャンスは3ヤードラインから1度きりしか与えられないということです。これならば試合が早期終了しやすくなりますし、例えお互いが点を取り合ったとしてもプレー総数は大幅に減少することになります。
また新ルールによると2回目と4回目のオーバータイムのあとには2分間の休憩が与えられるということです。
ただ5回以上のオーバータイムにもつれ込む試合というのは1年に1回あればいいと言うほどのレアなものなので、この新ルールが適応されるオーバータイムにいつお目にかかれるかは分かりません。
ブラインドサイドブロック
さらに新ルール改正ではブラインドサイドでのブロックにも言及しています。
こんなプレーは見られなくなりそうです
フットボールに詳しい方ならばわかると思いますが、「ブラインドサイド」とはQBにとって死角となるサイドのことで、右投げのQBの場合は左側、左投げのQBの場合は右側のことを指します。投球フォームを考えた時、QBは利き手の反対側に背を向けることになり、結果としてブラインドサイドからのディフェンダーの攻撃に弱くなります。だからこそQBを守るためにチーム最強のOLをブラインドサイドに配置するのが基礎の基礎です。
もちろんQBはフィールド全面に視野を取らなければなりませんが、追い詰められると視界は狭まるもの。そんな時ブラインドサイドからのノーガード状態で食らうタックルは破壊力抜群で、ディフェンダーとしては見せ場の一つではありますが、一方で無防備状態でのタックルは危険も当然伴います。
そういった怪我の可能性をはらんでいるブラインドサイドブロックを厳しく制御するのが今回の改正ルールに盛り込まれています。今回の改正ではブラインドサイドからの無理なタックルを禁止。これまでならば許されていた腰より上のタックルすら必要以上に力任せのタックルであると見なされれば15ヤード減退のパーソナルファールが課せられることになります。
確かに見ていて無防備なQBが食らうブラインドサイドブロックは目を覆いたくなることもありますが、「無理な(Forcible)」という概念も主観的となってしまうことが危惧され、どのタックルが無理矢理なタックルでどのタックルがそうでないかを見極めたり定義することで今後は議論が湧きそうな匂いがプンプンします。
キックオフ時の2人制ウェッジフォーメーションの禁止
キックオフリターン時によく使われるフォーメーションにウェッジフォーメーションと言うものがあります。これはリターナーのために他の選手が道を作るためのフォーメーションで複数の選手が肩と肩を並べまるで「壁」を作るようにして相手選手たちからリターナーを守り、なおかつ彼のための活路を開くというものです。
NFLでは2009年に廃止となった3人以上でのウェッジフォーメーション
その壁を「破壊する」ため、相手チームはその壁に突っ込んでいくだけの役割を持つ選手、俗に言う「ウェッジバスター」という選手を対抗手段として送り込み、この選手は壁を作る選手たちに全速力で突っ込んでいくのです。
近年の研究で脳震とうが一番頻繁に発生しているのがキックオフリターン時であるという結果がでています。これは両サイドのチームが全速力で正面からぶつかり合うことに起因しているのですが、ウェッジブロックとウェッジバスターの例はまさにこれを最たるものだといえます。
そこで2010年にNCAAはこの3人制のウェッジブロックを禁止。もちろんこれは「ウェッジバスター」が故意にウェッジブロックに突っ込んでいくのを防ぐためのルール改正だったわけです。
しかし2010年のルール改正では3人以上だと反則となるということで、その後は2人制のウェッジブロックをフォーメーションに組むチームもちらほら見られました。そこで今回の新ルールではこの2人制ウェッジブロックも廃止し、ウェッジブロックが完全に使用できないようになるというわけです。これでキックオフリターン、並びにキックオフカベレージはよりパントリターンやパントカベレージ寄りになってくると予想されます。
考察
今回改正されたルールは直接的にしろ間接的にしろ大怪我を未然に防ぐ貯めの処置だといえます。
アメリカでは近年脳震とうの後遺症の危険が叫ばれており、それにより子どもたちにフットボールをさせたくないという親が増えてきていると言われ、結果的に競技人口が減っていくのではないかと危惧されています。それを防ぐためにもフットボールが安全にプレーできるようにとNCAAやNFLはルールを毎年改善しているわけです。
中には怪我を恐れるばかりに試合がエキサイティングでなくなってしまう、だったらフラッグフットボールでもやってればいいじゃないかと言うプロ選手もいますし、そのリスクを知りながら職業としてプロ選手をやっているんだ、という選手もいるのも確かです。
しかし脳震とうの影響はプレー引退後に現れるのが顕著であり、選手生活よりも引退後の人生の方が長いことを考えれば、脳震とうの影響を無視することは出来ません。フットボールという素晴らしいスポーツが長い間多くの人に愛されプレーされるように防げる怪我は防ぎ、そのためならルールを改正していくことはこのスポーツを守っていくために必要不可欠なことなのです。