現在全米各地ではあと2週間に迫る開幕に向け選手・コーチたちが一丸となって練習に励み準備を整えているところです。どのチームがどれだけの力をつけてくるのか、興味は絶えませんが、一方で気になるのは現在休職処分に下されているオハイオ州立大のアーバン・マイヤー(Urban Meyer)監督の処遇です。
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調査結果次第ではマイヤー監督のクビも飛びかねないこの事件。そうなれば優勝候補筆頭チームが開幕直前に空中分解しかねませんから、これは今季のカレッジフットボールの青写真を根底から覆してしまうかもしれない案件です。もっとも多くのチームが「しめしめ」と思うことになるのでしょうが・・・。
しかしここに同じようにヘッドコーチが休職処分に新たに処されたチームがあります。メリーランド大です。しかしメリーランド大の件はある意味オハイオ州立大の件よりも事は重大です。というのもこの件には選手の命が関わっているからです。
マクネアーの死
遡ること5月29日。メリーランド大では他の大学と同じようにすでに夏のトレーニングが始まっていました。夏の間に許されるトレーニングは主にコンディショニングやストレングス系のトレーニングで、ポジションコーチは基本的に関わることがNCAAのルールによって許されておらず、夏のトレーニングはほぼストレングスコーチらと選手との時間となります。
その日、メリーランド大では厳しいコンディショニングが暑い中行われていましたが、その参加選手の一人、OLジョーダン・マクネアー(Jordan McNair)は徐々に体調を崩し、110ヤードダッシュの途中で昏倒。そのまま地元の病院に搬送されました。一時は様態は安定したと報道されましたが、残念なことに6月13日にマクネアーは帰らぬ人となってしまいました。若干19歳でした。
公式な死因は明らかにされていませんが、マクネアーの家族によると熱中症だったそうです。
メリーランド大は外部からの調査委員会を招聘して事実の究明を探るべく行動に移りました。その一方チームでは引き続きトレーニングが行われ、他のチームと同じように8月に入ってプレシーズンキャンプ入りしていました。
ESPNのリポート
事が動いたのが8月10日。アメリカの大手スポーツニュースメディアであるESPNが、メリーランド大で蔓延っていた悪しき慣習を暴露。それによるとD.J. ダーキン(D.J. Durkin)監督と彼のストレングスコーチであるリック・コート(Rick Court)氏体制下で、選手への常習的な虐待行為があったことが発覚。ここで言う虐待行為とは主にパワハラを意味しますが、時に選手を侮辱する言葉が投げつけられたり、実際に物をぶつけられたり、オーバーウェイトの選手にはアメしかなめさせないとか、トレーニングを完遂できなければ選手が卒倒するまで続けさせるだとか・・・。
また同じリポートには元メリーランド大のスタッフのコメントも紹介されており、その中にはその匿名の元スタッフが「もし自分に子供がいたならば、絶対にメリーランド大に進学させることはしない。」というコメントも残していました。
コーチが選手に対して厳しい言葉を浴びせるのは日常茶飯事です。それはコーチが選手を叱咤激励し、ケツを叩いてあげるためであるわけですが、その度が過ぎればそれは虐待やらパワハラとみなされるわけです。ESPNのリポートによると前述のコート氏による悪習は一旦はマクネアーの死によって和らいだものの、キャンプが始まる頃には再び元のレベルに戻っていったということです。
コーチらへの処分
このESPNのリポートが発表されると全米中でメリーランド大のやり方に批判が集まり、特にマクネアーが他界した原因とも言えるコンディショニングをデザインしたコート氏、そしてそこに居合わせた医療チーム(アスレティックトレーナー)らが休職処分に課せられます。
しかし批判の声は増大するばかりで、事を重くみた大学側はついにダーキン監督も休職処分に処し、調査の結果を待つという状況に至りました。
コート氏の虐待・パワハラ行為は他の匿名選手達の証言によりほぼ常習化していたことが明らかになりましたが、結局それを許したダーキン監督に最終的な責任があることは明白です。すでに大学の支援者たちはダーキン監督は解雇されるべきだという話をしているということです。
「先日発表されたリポートによる、我々のスタッフが起こしてきたとされる行為は決して許されるものではなく、これが事実であるならば放っておく事は決して出来ないものです。我々は真実を救命することに全力を挙げる所存です。」とはメリーランド大体育局長のデーモン・エヴァンズ氏。
そしてエヴァンズ氏は同時にオフェンシブコーディネーターのマット・カナダ(Matt Canada)氏を監督代行に指名。カナダ氏は昨年鳴り物入りでルイジアナ州立大のOCに就任するも、1年で彼らと物別れし今オフにメリーランド大にやってきた人物。ダーキン監督陣営にリポートにあるような悪行が蔓延っていたとするならば、カナダ氏のような新参の外部の人間がチームを率いることは妥当だと言えそうです。
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なぜこんなことが起きたのか?
マクネアーの死が防げたものであり、その原因がコーチ達の監督不行き届きによるものだったとしたら・・・そしてそのような温床が常に内部にあったとしたら・・・これは決して許されるものではありません。アスレティックトレーナーがその場にいたと言っても、コーチらの圧力が彼らの介入を許さなかったとしたら、これもパワハラに当たるわけです。
このような厳しいトレーニングのせいで選手の命が絶たれることは実はあまり珍しいことではありません。もちろんその数は稀ではありますが、大抵1シーズンに1件はこのような残念なニュースが流れてきます。その原因は一概に虐待やパワハラによるものだとは言えませんが、コーチ達のプレッシャーにより限界まで追い込まれた末に倒れ、そのまま帰らぬ人となるというケースは聞かれる話です。
例えば2008年、セントラルフロリダ大のRBエレック・プランチャー(Ereck Plancher)は春季トレーニング中のコンディショニングの際に倒れ亡くなりましたが、この際当時のHCジョージ・オラリー(George O’Leary、現在は引退)監督がプランチャーが倒れる直前まで厳しい言葉を浴びせ続けたといいます。この事件でオラリー氏が処分されることはありませんでしたが、この事件はオラリー氏に一生つきまとう事になったことは言うまでもありません。
また最近ではオレゴン大で厳しすぎるトレーニングの末に選手たちが病院送りになったという事件もありました。幸運なことにこの事件では死人は出ませんでしたが、内部告発によるとストレングスコーチの行き過ぎた行動が明らかにされていました。
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ストレングスコーチからしてみれば選手を追い込んでポテンシャル以上の力を引き出すというのは常套手段だと思います。それは何も今に始まったことではありません。しかし時代が変わり、選手たちの意識も変化しており、昔の手法が今も通用するという時代錯誤が今回のメリーランド大の事件を引き起こしたとも言えるのかもしれません。
またソーシャルメディアの拡散により、選手の声というのは昔よりも格段に外に漏れやすくなりました。ですからコーチ陣らが「やりずらくなった」と感じるとすればそれもまた正しいのかもしれません。しかし、それが選手の健康に危害を加える事であってはいつの時代も許されるものではないはずです。それを予防するために科学は進歩し、コーチやスタッフは教育を受け、アメフトを安全なものに出来る限りしようとしているのが少なくとも現在のアメリカでの方向性です。だから脳震とう(Concussion)への啓蒙活動が近年盛んになっているわけです。
メリーランド大に関して言えば、一刻も早く事態の究明を図り、二度今回のような事件が起きないようにしてほしいものです。