1980年代
ネブラスカ大のトム・オズボーン監督
順位 | チーム | 勝率(勝敗数) |
1 | ネブラスカ大 | 83.7%(103勝20敗) |
2 | マイアミ大 | 83.1%(99勝20敗) |
3 | オクラホマ大 | 76%(91勝26敗2分け) |
4 | ミシガン大 | 74% (90勝29敗2分け) |
5 | ジョージア大 | 74.1%(89勝27敗4分け) |
6 | フロリダ州立大 | 73%(87勝29敗3分け) |
7 | アーバン大 | 72%(86勝31敗2分け) |
8 | アラバマ大 | 70%(85勝33敗2分け) |
9 | UCLA | 69%(82勝30敗6分け) |
10 | ノートルダム大 | 64%(76勝39敗2分け) |
1980年代に入るとマイアミ大、フロリダ州立大といったニューフェース達がフロリダ州から台頭してきますが、彼らが本格的にその力を誇示しだすのは80年代後半から。この年代通して常に全米のヘッドラインを飾っていたのは間違いなくネブラスカ大でした。
1990年代のネブラスカ大はそれこそ「無敵」でしたが、常勝という意味では80年代のネブラスカ大も引けを取らない強さを誇っていました。この10年間で5度のカンファレンス優勝、そしてどのシーズンも最低でも9勝以上を挙げ、すべてのシーズンでボウルゲーム出場を遂げました。1983年のナショナルチャンピオンシップゲームではマイアミ大にまさかの敗戦を喫しますが、ネブラスカ大がこの年代の王者であることは誰の目からしても明らかでした。
それまで栄華を築いてきたオクラホマ大は1980年代前半に失速。高校コーチだったゲリー・ファウスト(Garry Faust)を電撃的にそしてギャンブル的にヘッドコーチに据えたノートルダム大はその賭けに敗れ転落。ポール・ブライアント(Paul Bryant)監督が1983年に引退するとアラバマ大も絶対的な強さを失いました。そのように各チームが浮き沈みを経験する中でもネブラスカ大はコンスタントに勝ち星を重ねていったのです。
そんな中、1970年代の上位7位チーム中5位が1980年代にも健在ですが、そこに食い込んできたのが前述のマイアミ大とフロリダ州立大です。これまでの顔馴染みチームがひしめき合っていたリーダーボードに突如として現れたこのチーム達が今後大きくカレッジフットボール界の勢力図を変えていくのです。