第8週目のハイライトはパデュー大がホームで全米2位のオハイオ州立大を倒したという番狂わせでしたが、この試合の裏にはもう一つのドラマがあり、多くの人々を感動させ、アメフトというスポーツが勝ち負け以外にも人々の人生に大きく関わっていることを教えてくれました。
それは現在20歳になるパデュー大の熱狂的ファン、タイラー・トレント(Tyler Trent)さんの話。彼は高校生の時アルティメットフリスビーをプレー中に腕を骨折するのですが、その際偶然に骨腫瘍があることがわかりました。2014年には肘から肩の骨を取り除きチタニウム製の義骨に転換手術。しかし3年後の2017年に今度は腰にガン細胞が転移しているのが発覚。今度は右腰の人工股関節全置換術を施されがん細胞の根治に務めました。
トレントさんが戦っているガン細胞は通常よりもアグレッシブなものだそうで、ガン研究で有名なライリー病院は彼からこの細胞を摘出し分析をはじめました。この細胞はトレントさんの名を取って「TT2」と名付けられましたが、研究者たちは今後トレントさんの腫瘍の研究から将来の治療に活かせる結果を生み出せることを期待しています。
トレントさんがガン患者のパデュー大ファンとして知られるようになったのは2017年度シーズン。彼は友達とともにパデュー大対ミシガン大のナイトゲームを観戦するために前日からスタジアム前でテントを張って夜を過ごしました。パデュー大はバスケットボール部が強いことで有名で、その試合観戦のために夜通しキャンプすることはありましたが、フットボールの試合で同じようなことをしたのはこのトレントさんらが初めてでした。
以来ガンと戦いながらもパデュー大を応援するトレントさんの存在は広まり一躍有名になります。が、一方でガンの進行は進み、現在末期症状で彼の余命は限られたものになってきました。それでもポジティブに生きパデュー大フットボール部を応援する姿はフットボール部にも届き、今回のオハイオ州立大戦では名誉キャプテンとして試合前に車椅子姿で登場しました。
試合の方はと言うとパデュー大がオハイオ州立大を終始圧倒する展開で押せ押せムード全開でしたが、この試合を生放送したESPNはトレントさんがガンと戦いながらパデュー大を応援してきた話も紹介していました。そんなサイドストーリーもあり、トレントさんの余命幾ばくながらもポジティブに生きる姿に動かされ、「タイラー・ストロング」という合言葉とともにこの試合はパデュー大が勝つ運命にあったかのような展開で見事大勝利をトレントさんに届けたのでした。
そのことはその場にいた大勢の観客もすでに知っており、パデュー大がライバル・インディアナ大を揶揄する掛け声である「IU Sucks!(インディアナ大なんかくそくらえだ!)」というチャントにあやかり、「Cancer Sucks!(ガンなんかくそくらえだ!)」という大歓声がスタジアムに沸き起こっていました。トレントさんの姿に動かされた人たちが、敵も味方も関係なく憎きガンの撲滅を願って放った言葉でした。
試合後にはロッカールームに招待されたトレントさんはチームに向けてスピーチも行い、選手とともに大勝利の美酒に酔いました。
That winning locker room feeling… 🙌
This one was for you @theTylerTrent!#BoilerUp // #TylerStrong pic.twitter.com/CN3ize74X7
— Purdue Football (@BoilerFootball) October 21, 2018
トレントさんの余命を考えるとこのオハイオ州立大戦を観戦することもひょっとしたらできなかったかもしれない、それほどまでに彼は衰弱していました。しかし残された時間を前向きに過ごす、大好きなパデュー大フットボール部と共にあり続ける、そういう力が彼をロスエイドスタジアムに居させ続けたのでしょう。そしてそのバイタリティーはスタジアムだけにとどまらず全米中に伝わり、多くの人々の心に触れました。あの副大統領であるマイク・ペンス(Mike Pence)氏が直接激励の電話をトレントさんにかけたほどでしたから。
カレッジフットボールファンである以上、どのチームがナショナルチャンピオンになるのか、誰がハイズマントロフィーを獲得するか、お互いを忌み嫌い合うライバリー、その他もろもろが非常に重要であったりしますが、それよりも今回のような勝敗だけでなくスポーツそのものが人々の人生に大きく影響していることのほうがよほど重要であると思い知らさせます。それがカレッジフットボールの素晴らしさであり、スポーツのすばらしさであるんですよね。
人生はいつ何処でどのように終わるか分かりません。ですからトレントさんのように今を全力で生きる、今を最高に楽しむことを忘れてはいけないんだと教えられた気がします。