2021年に解禁されて以来、大学スポーツ界を揺るがし続けているNIL(Name/Image/Likeness)やトランスファーポータルの影響は、もはや大規模なエリート校だけの問題ではありません。その波は、FCS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン)に属する小規模な大学の存立基盤をも脅かし始めています。
その象徴的な事例が、ペンシルバニア州立大から程近いところにあるロレットという街にキャンパスを構えるセントフランシス大です。同校が発表した、NCAA1部から3部への降格という決断の背景を探ります。
歴史的な成功の直後に下された「衝撃の決断」
2025年3月25日、セントフランシス大は理事会の決定として、現在の体育局(アスレティクス)をNCAA1部から3部へ移行させ、2026-年度からプレジデンツアスレチックカンファレンス(PAC)に加入することを発表しました。
このニュースがとりわけ衝撃的だったのはそのタイミングです。丁度この頃、男子バスケットボールチームが33年ぶりに大学バスケ界の祭典「マーチ・マッドネス(NCAAトーナメント)」への出場を果たし、全米の注目を集めたわずか2週間後のことだったからです。さらに、ソフトボール部なども好成績を収めており、競技面では「NCAA1部で十分に戦える」ことを証明していた最中での撤退宣言だったのです。
なぜ「1部」を諦めるのか? NILが変えた勢力図
大学側がこの苦渋の決断に至った最大の理由は、大学スポーツを取り巻く環境の激変にあります。同大学のジョセフ・リーマン理事長は、その要因として以下の3点を明確に挙げています。
- NILの台頭: 選手が自身の権利で収益を得るNILの仕組みが一般化し、実質的に「金銭で選手を動かす」環境へとシフトしたこと。
- トランスファーポータルの活性化: 優秀な選手がより条件の良い、あるいは規模の大きい大学へ容易に移籍できるようになったこと。
- ガバナンスの複雑化とコスト増: NCAA1部プログラムを維持・運営するための費用が膨れ上がり、小規模校にとって持続不可能なレベルに達したこと。
学生数2,000人未満という、NCAA1部の中でも最小規模の大学の一つであるセントフランシス大にとって、これらの変化は「愛校心やスポーツへの純粋な情熱」だけでは太刀打ちできない「逆風」となりました。マラカイ・ヴァン・タッセル学長は、「かつて我々が知っていた大学スポーツの枠組み、特にNCAA1部の環境は大きく変わってしまった」と述べ、学生の学業成就と心身の充実(ウェルビーイング)を優先するための「苦渋の決断」であったと強調しています。
引き裂かれる学生アスリートたち
この決定は、NCAA1部という舞台で戦うことを夢見て同校を選んだ学生アスリートたちに過酷な現実を突きつけました。
多くの選手が、授業中や練習の合間に届いた一通のメールでこの事実を知ったそうなのですが、ある学生は「自分の人生を台無しにされたようだ」とその絶望感を語っています。大学で勉強しながらスポーツをプレーする学生アスリートはFBS(フットボールボウルサブディビジョン、NCAA1部でも最上級のサブディビジョン)やトップレベルのNCAA1部のプレーヤーだけではありません。確かにそういった選手たちと比べると注目されるレベルは格段に違うかもしれませんが、それにかける情熱にレベルの違いは関係ないわけです。
また、NCAA1部と3部では競技レベルの差は大きく変わります。大学スポーツの中でも大学卒業後にもスポーツキャリアが続いていく可能性があるスポーツ、例えばプロスポーツとかオリンピックスポーツなどで上を目指している選手にしてみれば、カレッジでの競技レベルが下がってしまうことは死活問題であることも考えられます。すでにこの発表があった直後から、男子バスケットボールの主力選手たちが他校へ転校するために相次いでトランスファーポータルへの登録を表明しました。それはフットボール部でも同じことです。
その中には昨年までセントフランシス大に在籍していた、日本人DLの阿部剛季選手の姿も見られます。彼もトランスファーの道を探っていたようですが、つい先日、日本に帰国してXリーグの富士フイルムミネルヴァでプレーすることを決意したようです。
ご報告
— Goki Abe 🇯🇵 (@AbeGoki) February 15, 2026
自分なりにさまざまなことを熟考し、今年から学生としてXリーグ、富士フイルムミネルヴァでプレーすることにしました。
環境は変わりますが、感謝の気持ちを忘れず精進します。 pic.twitter.com/nzGIxyOHPq
(ちなみにセントフランシス大はかつて当ポッドキャストにご出演していただいた、現法政大ヘッドコーチの菅野洋佑さんが通われていた大学でもあります)
さらに、NCAA1部レベルでプレーできるという理由からセントフランシス大への入学を決めていた高校生リクルート対象者たちも、スカラシップ(スポーツ奨学金)の解除を求めたり(*)、新たな進路探しに奔走したりすることを余儀なくされています。
(*:元鞘の大学からスカラシップを解除されないと転校先でスカラシップがもらえないのです)
今でも大学でプレーするにあたり、スカラシップをもらえるかもらえないかが非常に重要なファクターである高校生たちはたくさんいます。NCAAの規則で3部のチームはスカラシップを授与できないことになっており、セントフランシス大が3部に降格すると学生アスリートたちは自費で大学に入学しなければならなくなるのです。
大学側は、現在の奨学金を2028年まで維持するなどの救済策を提示していますが、選手たちにとってみればNCAA1部という「看板」を失う影響は計り知れません。
小規模ディビジョンI大学が直面する未来
セントフランシス大学の事例は、NILや移籍ルールの緩和が、大学スポーツのピラミッドの底辺に位置する小規模校に、これまでとは質の異なる「チーム経営継続の危機」をもたらしていることを示しています。
「自分たちの運命を自分たちでコントロールする」ためにNCAA1部を去るというセントフランシス大の選択は、同様の規模や予算で運営する他の1部大学にとっても、決して他人事ではない警鐘となっているのです。今後、中堅・小規模校がどのような道を歩むのか、大学スポーツの構造改革は今、大きな転換点を迎えています。

