2025年度シーズンはインディアナ大の史上初勝利によって幕を閉じました。ちょっと前までなら誰も想像すらしなかった「インディアナ大が全米王座獲得」という言葉。カレッジフットボール界の大変革を予感させた彼らの奇跡の軌跡に迫ります。
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インディアナ大=カレッジ史上最弱チーム
1世紀以上にわたり、「インディアナ大」と「チャンピオン」という言葉を並べれば、誰もが「男子バスケットボール」のことだと信じて疑いませんでした。伝説のボビー・ナイト(Bobby Knight)監督、1976年の全勝優勝、そしてアセンブリーホールでの数々の激戦や名勝負。それがこの大学の象徴でした。
しかし、フットボールはどうだったかというと、インディアナ大においてそれは存在していないと言っても言い過ぎでないくらいの別物でした。長年、所属するBig Tenカンファレンスにおける「お荷物」であり、対戦相手にとっては「確実に勝てる相手」を意味する存在だったのです。
地元ブルーミントンのファンにとってインディアナ大スポーツにおける最大の関心は常に名門の男子バスケットボール部に向けられ、「フットボールスタジアムは、バスケットボールの試合を観に行くための駐車場に過ぎない」などという自虐的なジョークが交わされるほど、バスケットボール部とフットボール部の扱いは違ったものでした。
それを裏付けるように、2023年度シーズンまでこのチームが1シーズンに二桁勝利、つまり10勝以上を挙げたことは一度もありませんでした。それどころか、ここまでの通算勝利数が通算529勝719敗なのですが、この719敗というのは、FBS(フットボールボウルサブディビジョン)史上最多敗戦数という不名誉な記録さえ保持していました。
シグネッティ監督の改革
ところが、2023年度11月、インディアナ大新監督に就任した、全く愛想のない、鋭い眼光を持つ63歳の新指揮官、カート・シグネッティ(Curt Cignetti)監督がやってきたことで事態は急速に変わっていきます。
シグネッティ監督がヘッドコーチに就任した際、彼はよくある耳障りのいいセリフ、例えば「いい試合ができるように力をつけていきたい」といった控えめな所信表明はしませんでした。
今では語り草になっていますが、これから大学に入ってくる高校生リクルートたちにどうやってインディアナ大フットボール部をアピールしていくのか、と尋ねた、懐疑的な視線を向けるリポーター達に放ったこのセリフ、 「方法は簡単だ。私なら勝てる。ググって調べれば分かるから。」
We're 9 days away from Indiana Football and back with the Curt Cignetti countdown
— Hoosier Review (@Hoosier_Review) August 21, 2025
Given all the attention to IU's schedule and the 'fluke season' and 'back to reality' comments going around, it's time for the most famous Cignetti quote:
"It's pretty simple, I win…Google me" pic.twitter.com/GL2puvfm6o
また、監督就任後のお披露目として、男子バスケットボール部のホームアリーナであり、聖地でもあるアセンブリーホールに足を踏み入れたシグネッティ監督は、ここでマイクを取ると、公然とBig Tenカンファレンスのトップチームたちに真っ向から挑戦状を叩きつけたのです。
当初、これをみた人々は彼を笑い「うぬぼれ屋」だとこき下ろしました。
しかし、シグネッティ氏はこの負け犬根性がこびりついてしまっていたインディアナ大を大改革する壮大な計画をこの時からすでに描いていたのです。
トランスファーポータル経由によるロースター補強
その最たる手法が、トランスファーポータルを駆使するという、現在のカレッジフットボール界を取り巻く新しい波に乗っかるというものでした。
当然負け越しばかりのインディアナ大に有力な「5つ星」の高校生リクルートたちが進学するはずもなかったのですが、そんな中彼はいわば「はみ出し者」たちばかりを集めたチーム作りに着手しました。
NFLのGMさながらにトランスファーポータルを駆使し、まずは前任校のジェームズマディソン大から13名もの選手を勧誘。星の数で決められる選手の評価ではなく、すでに指導してきた中で育まれた「精神的なタフさ」を持っている教え子達をインディアナ大へ転校させたのです。
その他にも外部からトランスファーポータル経由で転校生を招き入れ、結局2024年度シーズンを迎えるにあたり31人もの転校生がチームにやってきたのです。
そしてその2024年度シーズン、世間はシグネッティ監督の発言が虚言ではなかったことを知らされます。この年オハイオ大から転校してきたQBカーティス・ローク(Kurtis Rourke)を擁したインディアナ大は、開幕から破竹の10連勝を飾り、最高で全米5位までランキングを上げるという大躍進を見せました。
そして11勝1敗という驚異的な成績を残し、なんと史上初となるカレッジフットボールプレーオフ進出を果たします。ここでは残念ながら1回戦でノートルダム大に敗れたものの、「インディアナ大の快進撃は単なるラッキーではなく、彼らの強さは本物だ」というメッセージを全米に知らしめました。
資金力アップによる補強
インディアナのナショナルチャンピオン獲得は、革新的なトランスファーポータル戦略、マーク・キューバン(Mark Cuban)氏に代表される強力な資金力、そして全米最大規模の卒業生ネットワークによる組織的な支援が結実した結果でもあります。
特に彼らは、現代カレッジフットボールにおいて絶盛期である、NIL(Name/Image/Likeness)と収益を選手に還元するレヴェニューシェアリングを最大限に活用してロースターの増強に成功しました。
マーク・キューバン氏の影響
キューバンは氏、NBAダラス・マーベリックスのオーナーとして知られる極めてエネルギッシュな人物です。また投資家として、アメリカの人気番組『シャーク・タンク』に出演し、若手起業家を叱咤激励する一方で、既存の医薬品市場に価格破壊を挑む「Cost Plus Drugs」を設立するなど、「異端児」としての顔も持っています。
情熱的で歯に衣着せぬ言動は時に物議を醸しますが、スポーツ、テクノロジー、社会問題の解決を融合させるその手腕は、現代の起業家精神を象徴する存在として高く評価されています。
そんなキューバン氏、実はインディアナ大の名門ケリー・スクール・オブ・ビジネスの卒業生であり、母校への愛が極めて強いことでも知られています。彼は長年、バスケットボールの陰に隠れていたフットボール部に対し、持ち前のビジネス感覚で「勝てる組織」への変革を促してきました。
例えば、2015年に同大学に500万ドルを寄付し、スタジアム内に「マーク・キューバン・センター・フォー・スポーツ・メディア・アンド・テクノロジー」というものを設立。ここでは最先端のビデオ技術やデータ分析、3D映像技術を導入し、競技力の向上だけでなく、大学スポーツとしてのブランド価値を高める土壌を作りました。
NBAダラス・マーベリックスをチャンピオンに導いた経験を持つ彼は、負け犬根性が染み付いていたフットボール部に、プロレベルの勝利への飽くなき執着心と「マーケティングの重要性」を説き続けたのです。
そして2024年、シグネッティ監督が就任し快進撃が始まると、キューバン氏の発信力は強力な武器となりました。SNSやメディアを通じて「インディアナは本物だ」と吹聴し、全米の注目を惹きつけることに貢献。これは、有望な選手を勧誘する「リクルーティング」において、伝統的な強豪校に劣るインディアナ大にとって大きな援護射撃となりました。
シグネッティ監督が掲げた「既存の大御所達への挑戦」という姿勢は、キューバン氏がビジネス界で体現してきた哲学と合致しており、彼が最大の理解者として背中を押し続けたことが、チームの自信に繋がったと言われています。
インディアナ大卒業生の貢献度
インディアナ大の成功は、キューバン氏のような個人の寄付だけでなく、全米最大規模の卒業生のネットワークという「組織の力」にも支えられています。
実は、インディアナ大は80万名以上の卒業生を抱えており、実はこれは全米で最大級の規模です。この膨大な数の卒業生が、チームを強豪校にするために団結し、資金やリソースを提供しました。
その結果、2025年シーズンのロースター構成に向けて2,100万ドルから2,500万ドル(2026年度時点でのレートで約31億〜37億円)にものぼる巨額の「軍資金」を確保することに成功。
これは単なる母校への寄付(チャリティ)ではなく、勝つための明確な「投資」だ、とキューバン氏は語っています。この圧倒的な資金力があったからこそ、「ブルーブラッド」とされる伝統的な強豪校達と互角に渡り合うために不可欠なエリート層の人材確保が可能となったわけです。
さらに、この資金は現場のバックアップ体制も強化しました。シグネッティ監督はコーチ陣の給与を倍増させることに成功。ディフェンシブコーディネーターのブライアント・ヘインズ(Bryant Haines)氏や、オフェンシブコーディネーターのマイク・シャナハン(Mike Shanahan)氏といった優秀なスタッフを他校に引き抜かれることなく、インディアナに引き止める決定打となりました。
(ちなみにこのマイク・シャナハン氏は、デンバーブロンコスやワシントンレッドスキンズ(現コマンダーズ)で監督を務めたマイク・シャナハン氏と同姓同名ながら別人です)
インディアナ大の成功は、伝統的な強豪校でなくても、適切な指導者、戦略的な選手獲得、そして卒業生による巨額の投資が揃えば、カレッジフットボールの頂点に立てることを証明したと言えます。
2025年度の歴史的快進撃
前述の通り、シグネッティ監督体制初年度となった2024年度シーズンは、11勝2敗でカレッジフットボールプレーオフに進出するなど、周囲の度肝を抜く快進撃を見せた訳ですが、その快進撃も今となっては序章にすぎなかった訳です。
その翌シーズンとなる2025年度は、前年度の快進撃がまぐれではなかったことを証明するシーズンとなりました。
開幕から圧倒的な得点力を見せつけたチームは、第4週に強豪イリノイ大を63-10で粉砕すると、第6週には全米3位(当時)のオレゴン大を敵地で破る金星を挙げ、一気に全米の主役に躍り出ます。さらに長年苦戦してきたアイオワ大やペンシルベニア州立大との接戦をも制して、大学史上初となる開幕12連勝を無傷で達成したのでした。
そして出場したBig Tenカンファレンス優勝決定戦は全米1位のオハイオ州立大と2位のインディアナ大というこれ以上ないというマッチアップが実現。そしてこれを13対10という僅差でインディアナ大が手中に収め、1967年以来のカンファレンスタイトル(単独優勝は1945年以来初)を獲得します。
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そして第1シードチームとしてプレーオフに参戦したインディアナ大はまず準決勝戦となったローズボウルで名門アラバマ大を38対3と一蹴。さらに準決勝戦となったピーチボウルでも強敵オレゴン大を56対22で圧勝し、15勝無敗と無傷でナショナルタイトルゲームに進出を果たします。
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そして迎えたCFP全米王座決定戦では第10シードのマイアミ大と対戦。これまでと違い僅差の激戦となりましたが、第4QにエースQBフェルナンド・メンドーサ(Fernando Mendoza)が見せた、4thダウンコンバージョンでの決死のQBドローからのTD、そして試合終了間際に追い縋るマイアミ大のQBカーソン・ベック(Carson Beck)のパスをジャマリ・シャープ(Jamari Sharpe)が値千金のインターセプトで逃げ切り、インディアナ大が歴史的な16勝0敗という記録で全米の頂点に立ったのでした。
彼らが記録した16勝0敗は、近代カレッジフットボール史上初、そしてカレッジフットボールの歴史上では1894年にこの記録を樹立したイェール大以来の偉業。そしてインディアナ大個人としてもこれが史上初のナショナルタイトル。シーズン後のAP(アソシエーテッドプレス)ランキングでも史上初の首位でシーズンを終えるなど初物尽くしのシーズンとなりました。
さらに忘れていけないのは、QBメンドーサがこれまた大学史上初となるハイズマントロフィー受賞選手に選出されました。そしてシグネッティ監督も昨年に続き2年連続の年間最優秀監督賞を受賞。まさに何から何までインディアナ大色に染まったシーズンとなったのでした。
数字で見るインディアナ大の偉業
ボウルゲームの勝利数
インディアナ大はこのシーズンまでトータルで13回しかボウルゲームに出場したことがありませんでしたが、その13回のうち勝った事があるのはたったの3勝。
しかし2025年度シーズンだけで彼らはローズボウル、ピーチボウル、CFP全米王座決定戦と3つのボウルゲームで勝利。つまり、創部から2024年までの100年以上で記録したボウルゲーム勝利数に2025年の1年だけで並んでしまったということになります。
APトップ10位以内チームとの対戦成績
またAPランキングでトップ10以内チームとの対戦成績は、2024年までで6勝116敗1分けと全く勝つ事ができませんでした。
しかし、なんと2025年度のインディアナ大はこのシーズンだけで実に6つのAPランキング上位10チーム以内のチームに勝利しているのです(6勝0敗)
全米3位 オレゴン大 30対20(10月11日)
全米1位 オハイオ州立大 13対10(12月6日)
全米9位 アラバマ大 38対3(1月1日)
全米5位 オレゴン大 56対22(1月9日)
全米10位 マイアミ大 27対21(1月19日)
ボウルゲームの勝利数に引き続き、このカテゴリーでもこれまで100年以上かかって積み上げてきた上位10チームに対する勝利数に2025年度だけで到達してしまったのです。
ハイズマンと全米チャンプの二冠
メンドーサがインディアナ大出身選手として初のハイズマントロフィーを受賞しました。これだけでも当然ものすごい事なのですが、さらに彼はそのまま勝ち続けて全米制覇も成し遂げてしまったわけです。いわばカレッジフットボール界の二冠を達成したと言えますよね。
これは実はそんなに簡単なことではありません。この二冠を達成できた選手は過去のべ91人いる受賞者のうちたったの18人。これは2割にも満たない数字です。2000年以降でこれを成し遂げた選手はというと・・・
2019年 ジョー・バロウ(ルイジアナ州立大QB)
2015年 デリック・ヘンリー(アラバマ大RB)
2013年 ジェーミス・ウィンストン(フロリダ州立大QB)
2010年 キャム・ニュートン(アーバン大QB)
2009年 マーク・イングラム(アラバマ大RB)
2004年 マット・ライナート(サザンカリフォルニア大QB)
メンドーサはこの偉大なる過去の選手たちの仲間入りを果たしたわけです。
総括
2025年度シーズンは、インディアナ大男子バスケットボール部が伝説の全勝優勝(1975年〜1976年)を達成してからちょうど50周年にあたる節目の年でした。その記念すべき年にフットボールチームが「16勝無敗」という完璧な数字で全米を制したことも偶然ではないのかもしれません。
「かつての弱かったインディアナはもう死んだ」とシグネッティ監督は試合後に話していましたが、歴史に新たな名前が刻まれただけではありません。それは「ブルーブラッド」が支配してきた時代の終焉を意味しています。インディアナ大が証明したのは、適切な最高経営責任者(CEO)と投資家さえいれば、かつて「踏み台」にされていたチームでも、トップの座を奪い取れるということです。
今後、全米のコーチたちは、シグネッティ監督基準で評価されるようになり、彼がインディアナ大をたった2年で優勝に導いてしまったことで、「再建には5年必要だ」という言い訳は、完全に通用しなくなることでしょう。
それにしても本当に信じられないですよね。あのインディアナがナショナルチャンピオンですから。過去25年以上カレッジフットボールを追いかけてきていますが、こんな日がくるなんて全く思いもしませんでした。
シグネッティ監督就任までは、言ってみれば全米のお荷物チームでしたが、就任2年でそんなチームを全米の最高峰まで牽引したという彼のこの手腕の凄さは、ちょっと言葉では表現しずらいですね。






