Pac-12カンファレンスといえばスポーツだけでなく大学自体の学問レベルの高さでよく知られています。スタンフォード大、カリフォルニア大(バークレー校)、サザンカリフォルニア大、そしてUCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)らがそれらの大学です。賢くてスポーツができる選手が多く集まるこのカンファレンスですが、文武両道はそう簡単ではありません。それでもスタンフォード大やサザンカリフォルニア大は多少の浮き沈みがあったとしても全米のトップレベルを維持できています。
そんな中、1919年の創部以来ナショナルチャンピオンに1度、カンファレンスチャピオンに17度輝いている名門・UCLAはここ近年苦戦が続いています。1976年から1995年まで20年間チームを率いたテリー・ドナヒュー(Terry Donahue)氏時代にはカンファレンスタイトルを5度獲得するなどその存在感を示していましたが、彼が去った後チームは5人の監督を雇ってきましたが、その間獲得できたカンファレンスタイトルはドナヒュー氏を受け継いだボブ・トレド(Bob Toledo)氏の2年目と3年目だった1997年と1998年の2度だけ。Pac-12(旧Pac-10)チームの夢でもあるローズボウル出場はそのトレド氏の3年目の1998年以来遠ざかったままです。もちろんナショナルタイトルからも程遠い場所にいます。
1970年代から1990年代にUCLAを率いたテリー・ドナヒュー元監督
そんな中チームの再建を託されて2012年に監督に就任したのがジム・モーラ(Jim L. Mora)氏でした。モーラ氏といえばNFLニューオーリンズセインツとインディアナポリスコルツでHCとして活躍したジム・モーラ(Jim E. Mora)氏の息子として有名ですが、もともと彼はパパと同じようにNFLを生業の場としていました。2004年から2006年までアトランタファルコンズのHC、そして2009年にはシアトルシーホークスのHCに就任もしましたが、HCとしての4年間の成績は31勝33敗と奮いませんでした。
モーラ氏がシアトルにいた同じ頃、UCLAはリック・ニューハイゼル(Rick Neuheisel)氏に率いられていましたが、卒業生として母校に凱旋したハイゼル氏もUCLA再建に手こずっていました。個人的には彼に頑張って欲しかったのですが、4年間で21勝30敗ということで結果がナンボの世界であるカレッジフットボールにおいていくら元スターQBだったとしてもチームはこれ以上ニューハイゼル氏を擁護できなくなっていました。そして2011年シーズン後に彼を解雇した後に大学側がバトンを手渡したのがモーラ氏だったわけです。
ジム・モーラ元監督
初年度となった2012年度は9勝5敗でカンファレンスタイトルゲームにも進出し、そこで負けはしましたが大きく勝ち越すことができてまずまずのスタートを切ったモーラ氏。さらに続く2013年と2014年はどちらも10勝3敗という好成績を残し、2014年度のファイナルランキングでは10位にまで上り詰めました。
期待が膨らんだ2015年度はプレシーズンランキングで13位から出発。4連勝で7位にまで上昇しますがそのあとは出入りの激しいシーズンとなり、期待とは裏腹に8勝5敗に。そして2016年度は4勝8敗と撃沈。最初の3年間がすこぶる調子が良く、いよいよ名門復活かと言われていたため2015年と2016年度シーズンはファンにとっては非常にがっかりしたシーズンとなり、また一刻も早くチームが大成功を残すシーズンを見たいと願う大学関係者、卒業生、そしてファンたちからのプレッシャーもあって昨シーズン始まる前からここで結果を残せなければモーラ氏の首も危ういと噂されていました。
そしてNFL級のQBジョシュ・ローゼン(Josh Rosen)を擁して始まった2017年度。初戦では35点差をひっくり返す奇跡の大逆転勝利でテキサスA&M大を倒すと次戦のハワイ大戦でも勝利を収め、久しぶりにランキングに食い込んできます(25位)しかしメンフィス大に接戦の末敗れるとスタンフォード大からも黒星を喫し2連敗。その後は勝てない日々が続き、結局終わってみれば6勝6敗と撃沈。そしてモーラ氏はシーズンが終わる直前の11月19日、ライバルであるサザンカリフォルニア大に敗れた翌日に解雇され、レギュラーシーズン1試合を残してモーラ体制は6年間で幕を閉じたのでした。
ただモーラ氏の6年間の成績は41勝24敗で決して悪い数字ではなく、ドナヒュー氏以降に起用された5人のHCの中では勝率が一番よかった(63パーセント)のですが、UCLAという大御所ではこの結果では十分ではなかったというわけです。
そしてUCLAの終わりなき復活へのシナリオは元オレゴン大監督でここ最近ではNFLフィラデルフィアイーグルス、サンフランシスコ49ersの監督を務めてきたチップ・ケリー(Chip Kelly)氏に託されることになりました。
オレゴン大時代のケリー監督とUCLAのニューハイゼル元監督
ケリー氏は他にもフロリダ大が触手を伸ばしていたと言われていましたが、最終的にケリー氏が選んだのは慣れ親しんだ西海岸のUCLAでした。
オフェンスの天才とも言われるケリー氏はオレゴン大で2007年から2年間オフェンシブコーディネーターを務めると2009年から監督に昇格。以来得意の高速スプレッドオプションオフェンスで瞬く間に全米の檜舞台へチームを導き、就任以来4年連続缶ファンレスタイトル戦に進出しそのうち最初の3年間で3連覇。2年目の2010年目にはナショナルタイトルゲームに進出。惜しくもアーバン大に敗れはしたものの、オレゴン大を確実に常勝チームに位置付けることに成功しました。それは4年間全てで二桁勝利を達成し、勝敗数はトータル46勝7敗(カンファレンスでは33勝3敗)と圧倒的でした。
その成功を踏み台としてケリー氏はプロの世界に挑戦しますが、フィラデルフィアでは最初の2シーズンで10勝を挙げるも徐々にチーム内で不協和音が流れ出し、3シーズン目に6勝9敗となると成績もそうですがそれよりもチーム内の亀裂を理由(と思われる)に解雇されます。これで彼のプロでの道は絶たれたと誰もが思いましたが、サンフランシスコがサプライズ的にケリー氏を起用。しかし2016年度は2勝14敗と惨敗で1年でチームを去ることになっていました。もっともサンフランシスコでの失敗はタレントの質と有能なQBがいなかったせいであるとも言えますが。
彼のプレースタイル及びパーソナリティーからしてカレッジフットボールの方が向いていたのでしょう。プロでのキャリアの道が閉ざされるとケリー氏はカレッジフットボールのマーケットで最高位に位置されるようになります。オレゴン大での成功をみれば誰でも彼にチームを任せたいと思うでしょう。
就任会見時のチップ・ケリー監督
彼自身はフロリダ大とUCLAで迷っていたということですが、フロリダ大では大学のフットボール部しかエンターテイメントがなく、それに100%の愛情を注ぐファン層は得てして異常なまでの期待をチームにかけるようになります。それよりもUCLAフットボール以外にもたくさんのカレッジ・プロスポーツが共存し、さらに娯楽(ハリウッドなど)も溢れているロサンゼルスという街ならば、ケリー氏に降りかかるプレッシャーが分散されるためにフロリダ大よりも腰を据えて長い目でコーチングに集中できる、という見方もありました。またすでにオレゴン大時代に築き上げた西海岸でのリクルーティングのコネクションも大いに役立つでしょうから、UCLAの監督就任はケリー氏にとってはフロリダ大よりも色々な面でベストマッチだったのかもしれません。
そしてUCLA側も本気度を見せました。ケリー氏との契約において彼らは5年間で2330万ドル(約25億円)という彼らとしては奮発したサラリーをケリー氏に用意したのです。UCLAは公立校であり、カリフォルニア州の公立校システムは経済的に潤沢とは言えないため、ケリー氏との契約内容は破格といってもおかしくはなかったのです。それだけ大学はチームの復興を願っており、ケリー氏ならばそれが可能だと踏んだのでしょう。UCLAとしてはこれ以上ない人材を確保することができたのです。
これでPac-12カンファレンスは面白くなること必至。今からUCLAがどのようなチームに変貌するのか楽しみで仕方ありません。