メリーランド大は今季開幕前からD.J.ダーキン(D.J. Durkin)監督を自宅謹慎処分に処してきました。というのもダーキン監督下のフットボール部の風紀が著しく低下し、コーチによるパワハラが横行していたという告発があったのを受け、大学側がその真偽を問うべく調査チームを設けて調べさせていたからです。あまりにも長い間調査が続けられていたため、一時はこの事自体を忘れていましたが、つい先日その調査が終了し大学側はダーキン監督並びに体育局長を謹慎から解くという決定をつい昨日(10月30日)発表しました。しかしその24時間後の今日その発表を覆してダーキン監督を解雇するというドタバタ劇が起きたのです。
話を巻き戻すこと今年5月。メリーランド大で行われていたコンディショニングトレーニング中に倒れたOLジョーダン・マクネアー(Jordan McNair)は処置の不具合で意識不明の重体となり、6月13日に帰らぬ人となりました。この事件では医療チーム(アスレティックトレーナー)の処置が遅れたことが直接マクネアーの死に繋がったという調査結果が出されていますが、実はそこに至るまで伏線があったと言われています。
というのもマクネアーが明らかに熱中症の症状を著しているのにもかかわらず、それを報告できない「雰囲気」があったからだといいます。それはストレングスコーチであったリック・コート(Rick Court)氏が常習的に行っていたパワハラまがいの指導法のせいだったというのです。そのことがコンディショニング中のマクネアーに初期症状があったにも関わらずドリルを途中でやめたり、手助けできないような「空気」があったのだとか。
結局マクネアーは残念ながら命を落とすわけですが、8月入りチームがプレシーズンキャンプに入って間もなく、米スポーツ専門局ESPNがダーキン監督体制下でコート氏が選手に行っていた様々なパワハラが発覚。さらにダーキン監督の下作り上げられていた部内の有害な(Toxic)環境の存在が暴露され、これによりコート氏は辞任、そしてメリーランド大はダーキン監督ならびに2人のアスレティックトレーナーを自宅謹慎処分に処します。
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そしてメリーランド州政府の教育理事会がこの一件の調査を引き受けここから2ヶ月以上の調査が始まります。
調査の焦点はパワハラという名の虐待が行われていたのかどうか、ということでした。当初の証言はコート氏に対するものが多かったのですが、それを許したダーキン監督に最終的に責任はあるわけです。また「愛のムチ」と「言葉の虐待」は時に紙一重な場合があり、人によって感じ方は変わってきます。それに時代も昔とは違います。昔はまかり通っていたことでもこのご時世では許されなくなった接し方や言葉遣いは存在するわけで、チーム内部でもダーキン監督の手法に異を唱える、やり過ぎだと感じる選手もいれば、それがフットボールコーチとして当然のやり方だと感じる選手もいる。理事会はダーキン監督指揮下のチームで実際何が行われていたのかをじっくりと何週間もかけて調べ上げたのでした。
そして10月25日に明らかになった調査報告によると、ダーキン監督下のチームが有害な環境下にあったとはいえないが、ダーキン監督およびコート氏に対する畏怖の念に駆られた選手たちが意見を言えない環境を作り出していた、と結論づけています。それがToxicでなければ何がToxicなのだろう、という疑問を抱いた人も多かったとは思いますが・・・。
その後数日間、大学長、体育局長、そしてダーキン監督が理事会議に呼び出され最後の質疑応答を行い、そして10月30日、理事会はダーキン監督及びイヴァンズ体育局長の謹慎を解除することを提案。これを受けてロウ大学長が二人の職場復帰を宣言したのです。理由はフットボール部に問題があったのは間違いないがそれをすべてダーキン監督のせいと押し付けるのは行き過ぎだ、ということでした。
これに黙っていなかったのはマクネアーの遺族、彼に近かったチームメート、学生、教職員、更にはメリーランド州知事などの多くの人々。マクネアーの両親は早い段階からダーキン監督の解雇を要求していましたから、怒るのも無理はありません。
それにしても理事会は事の重大さを本当に認識できていたのでしょうか?マクネアーの直接の原因がダーキン監督でなかったとしても、選手のコンディショニングが異常であることを報告することがいけないことだというような空気感を作り上げていたコート氏、そしてそれを許したダーキン監督にもこの不幸な事故の遠因があると何故思えなかったのでしょうか。
しかも理事会には大学の学長であるロウ氏を解雇する権利があってもダーキン監督の進退を決める権利は持ち合わせていなかったのですが、理事会はロウ学長にダーキン監督の謹慎を解かないならばロウ学長を解雇するという脅しにも似た要求をしていたのだといいます。実際ロウ学長はダーキン監督を解雇したかったそうですが、やむなく現場復帰を許す決断を下したというのです。
何故これほどまでに理事会はダーキン監督復帰にこだわったのか・・・。それはよく分かりませんが、この結果が多くの批判を買ったことは言うまでもありません。謹慎が解けダーキン監督がチームに合流した水曜日(10月30日)、チームの全体ミーティングではこの結果に納得いかない選手が数名退室していったといいますし、木曜日の練習中には部内に生まれたテンションからフィールド上でいざこざが起きるなど早くも不穏な空気が流れていたのです。
またダーキン監督復帰に反対する声もキャンパスに大きく轟き、また多くのメリーランド州議員たちもこの結果に遺憾の意を表しており、メリーランド大はフットボール部だけでなくキャンパス全体がカオスと化したのでした。
それを見かねたロウ学長はなんと24時間前に謹慎を解除したダーキン監督を正式に解雇したのです。
ロウ学長はこのままではメリーランド大は分裂しフットボール部は機能しなくなると危惧したのでしょう。そういう意味ではこの状況下ではこれが最適の決断だったといえます。こうなると次の批判の矢はロウ学長にプレッシャーを掛けダーキン監督を現場復帰さるよう仕向けた理事会に向けられることになるでしょう。またイヴァンズ体育局長もおそらく同じ道を辿ることになるのではないでしょうか。
フットボール部といえば開幕以来ダーキン監督不在のなか臨時監督を務めてきたオフェンシブコーディネーターのマット・カナダ(Matt Canada)氏が再び臨時監督を任されることになり、このままこのシーズンを乗り切ることになりそうです。現在5勝3敗のメリーランド大はボウルゲーム出場資格獲得となる6勝目を目指して今週末ミシガン州立大と対決します。これまでチームは自分たちの監督がどうなるかという疑念を抱きながらここまでシーズンを過ごしてきたことでしょうが、これでようやくこの騒動に一区切りをつけて残りの試合に集中することが出来ると思います。
今週末のミシガン州立大戦はホームゲーム。多くの人々が様々な思いを胸に土曜日を迎えることでしょう。