ワイルドキャットフォーメーション

時としてカレッジフットボールにおいて革命となるようなことが大一番のゲームで起こることがあります。その一つに俗にいう「ワイルドキャットフォーメーション」が挙げられると思いますが、これはそのチームの機動力の高いキープレーヤー(主にRBかWR)が直接スナップを受け取り、そのスピードでヤードを稼ぐという戦術。長い距離を稼げなくてもファーストダウンを奪いたい場面では非常に高い効果を発揮します。それが2007年度シーズンのアーカンソー大とルイジアナ州立大との試合で開花しました。

アーカンソー大マクファデンの活躍

遡ること10年ほど前となる2007年度シーズン。この時のルイジアナ州立大はレギュラーシーズン最終戦のアーカンソー大戦を控え10勝1敗で全米1位という位置におり、BCSチャンピオンシップゲーム出場への望みをかけてアーカンソー大との試合に備えていました。

アーカンソー大は開幕時こそ全米20位発進しましたが、アラバマ大ケンタッキー大アーバン大テネシー大とリーグ戦をことごとく落として7勝4敗という成績でルイジアナ州立大との試合を迎えることになりました。前年度にはサウスイースタンカンファレンス(SEC)西地区を制してカンファレンスタイトルゲームにも出場していたアーカンソー大でしたから、2007年のここまでの戦績はお世辞にも満足できるものではなかったはずです。

当時のアーカンソー大にはダレン・マクファデン(Darren McFadden)、フェリックス・ジョーンズ(Felix Jones)、ペイトン・ヒリス(Peyton Hillis)といった超強力RB陣を擁しており、そのパワーは昨季のジョージア大のRB陣(ソニー・ミシェルニック・チャブディアンドレ・スフィフト)を思い起こさせてくれるものでした。このタレントを最大限に活かそうと考えた当時のアーカンソー大のヒューストン・ナット(Houston Nutt)監督は、彼の至宝であるRB陣に直接ボールを持たせて相手のディフェンス陣に切り込んでいく、ワイルドキャットならぬ「ワイルドホッグ(ホッグ=イノシシ、アーカンソー大のマスコットがイノシシ=レイザーバックだったため)」フォーメーションを使用したのです。

Embed from Getty Images

ルイジアナ州立大戦で激走するマクファデン

対するルイジアナ州立大のディフェンス陣は当時最強ユニットの一つに数えられていました。フロントセブンにはオールアメリカンDLのグレン・ドーシー(Glenn Dorsey、現サンフランシスコ49ers)を中心に強固であり、彼らに対して敢えてランプレーを仕掛けようと考える相手チームはないと言われたほどでした。

この試合の前半戦、ルイジアナ州立大の凄まじいパスラッシュのためドロップバックからのパス攻撃が効果を発揮しない中、ナット監督らアーカンソー大はそのパスラッシュを回避するためにIフォーメーションやショットガンフォーメーションに戦略をシフトします。

しかしそれでもオフェンスが波に乗れないと見るとナット監督はいよいよ「ワイルドホッグ」フォーメーションを解禁します。その主軸となったマクファデンは出だしこそ2度もファンブルを犯してしまいますが、その後は上に挙げたような鉄壁のルイジアナ州立大のフロントセブンを完全攻略。結果的には32キャリーで206ヤードに3TDを奪う活躍をみせ、またヒリスとジョーンズもそれぞれ80ヤード強のランヤードを獲得してチーム合計385ヤードを足でルイジアナ州立大から稼いだのでした。試合は彼らの活躍のおかげで3度のオーバータイムの末にアーカンソー大が優勝候補のルイジアナ州立大にシーズン終盤で痛い黒星を献上したのです。

 

こうして全米最強ディフェンスと謳われたルイジアナ州立大に大いに効果を発揮したワイルドキャット(ワイルドホッグ)フォーメーションは当時のフットボール界に革命を起こし、これを使用しだすチームが格段に増えました。それはカレッジフットボール界に限らずプロチームでもしようされ、例えば翌年の2008年にはマイアミドルフィンズがワイルドキャットを用いてニューイングランドペイトリオッツを倒すということも見られました。

元アーバン大のRBロニー・ブラウンが5TDに絡む大活躍!

カンザス州立大が生んだワイルドキャットフォーメーション

ただ、ワイルドキャットフォーメーションの原型はすでに1997年にカンザス州立大によって生み出されたと言われています。20年以上前になりますが当時のカンザス州立大の監督は現在もチームを率いているビル・シュナイダー(Bill Snyder)監督ですが、この時は機動力系QBマイケル・ビショップ(Michael Bishop)がランプレーの前提でスナップを受けてヤードを稼ぐという作戦でシーズンを闊歩。結果的に11勝1敗でフィエスタボウルに出場するなど素晴らしいシーズンを送ったのでした。ちなみに「ワイルドキャット」という名前はカンザス州立大のマスコットである「ワイルドキャッツ」から由来すると言われています。

Embed from Getty Images

カンザス州立大で活躍したマイケル・ビショップ(#7)

このカンザス州立大の成功を参考にプレーメーカーにボウルを託す「ワイルドキャット」の派生系フォーメーションがその後生まれていきました。例えば当時ボウリンググリーン州立大のHCだったアーバン・マイヤー(Urban Meyer、現オハイオ州立大)監督はディレクトスナップやスウィープに「ワイルドキャット」を組み込んで名を挙げ、彼の行く先々で効果を発揮。フロリダ大時代にはハイズマントロフィーも受賞したQBティム・ティーボ(Tim Tebow)やWRパーシー・ハーヴィン(Percy Harvin)らをこのフォーメーションで多用し、2006年と2008年に全米制覇を成し遂げました。

ワイルドキャットフォーメーションの現在

現在のカレッジフットボールではこのワイルドキャットフォーメーションはかつてほど重用されなくなりました。それはこのフォーメーションに対処する術を各チームのディフェンス陣が確立させたからに他ありません。ワイルドキャットを操る選手をインサイドラッシャーを増やすことでディフェンスライン内に閉じ込め行く手を阻むことでその効力を削ぎ落とすのです。

しかしそれでもワイルドキャットの威力を無視することはできず、今もゲームの流れを変えるのに一役も二役も買っている戦術です。例えば2010年にアーバン大のナショナルタイトル獲得に貢献し、ハイズマントロフィーも受賞したQBキャム・ニュートン(Cam Newton、現カロライナパンサーズ)、元ウエストバージニア大QBのパット・ホワイト(Pat White)、最近では元クレムソン大QBデショーン・ワトソン(Deshaun Watson、現ヒューストンテキサンズ)や元ルイビル大QBで2016年のハイズマントロフィー受賞選手であるラマー・ジャクソン(Lamar Jackson)らもワイルドキャットの使い手でした。

Embed from Getty Images

カレッジ時代アンストッパブルだった元アーバン大のニュートン

しかしワイルドキャットフォーメーションの威力を大きなインパクト共に世に知らしめたのはやはりアーカンソー大のマクファデンだと言えるでしょう。スピード、的確な判断力、高い運動神経を持っていればこのフォーメーションを止めるのは未だに簡単なことではありません。そう考えると例えばレジー・ブッシュ(Reggie Bush、元サザンカリフォルニア大RB)、ヴィンス・ヤング(Vince Young、元テキサス大QB)、マイケル・ヴィック(Michael Vick、元バージニア工科大QB)らが当時本格的にワイルドキャットを操っていたらどうなっていたんだろう?と考えてしまいます。それぞれの選手はチームに在籍当時に活躍をしてはいましたが、それこそ対戦相手のディフェンス陣にとっては悪夢となっていたに違いありません。

【参考記事】How Darren McFadden Helped The Wildcat Go Mainstream