元フロリダ州立大QBウィンキー氏がテネシー大のRBコーチに

テネシー大は元フロリダ州立大QBで1999年のハイズマントロフィー受賞者であるクリス・ウィンキー(Chris Weinke)氏をRBコーチに迎えることを発表しました。

遡ること約20年前。筆者がカレッジフットボールにのめり始めた頃、フロリダ州立大とテネシー大といえば1998年度に行われた史上初のBCSナショナルチャンピオンシップゲームで対戦したチーム同士でした。この優勝決定戦ではテネシー大がQBにティー・マーティン(Tee Martin、現サザンカリフォルニア大オフェンシブコーディネーター)、WRピアレス・プライス(Peerless Price、元バッファロー・ビルズなど)、LBアル・ウィルソン(Al Wilson、元デンバーブロンコス)などの駒を揃えてフロリダ州立大に競り勝って1967年以来6度目のナショナルチャンピオンに輝いたのでした。

ただもし「たられば」を言わせてもらえるならば、テネシー大がナショナルチャンピオンになれたのはもちろん彼らが自らの手で掴み取ったという理由は大前提にありますが、一方でフロリダ州立大が万全ではなかったという見方もできます。この年のフロリダ州立大もタレントの質は一品で、RBにトラヴィス・マイナー(Travis Minor)、WRピーター・ワリック(Peter Warrick)、DTコーリー・サイモン(Corey Simon、元フィラデルフィアイーグルスなど)、Kセバスチャン・ジャニコウスキー(Sebastian Janikowski、元オークランドレイダース、現在FA)などを擁しその強さはテネシー大に勝るとも劣らないものでした。

しかしこのチャンピオンシップゲーム(フィエスタボウル)で唯一フロリダ州立大が欠如していたもの・・・それがQBクリス・ウィンキーだったのです。彼は11月のバージニア大との試合で首の椎間板を痛める怪我を負ってそれ以来戦線から離脱していたからです。

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フロリダステート時代のウィンキー氏

ですからもし彼が万全な体調でこのフィエスタボウルに出場できていたらこの試合の結果はどうなっていたかわかりません。

元々フロリダ州立大にリルクートされるもプロ野球の道に進む為に大学へ進学しなかったウィンキー氏。そしてプロの世界で6年ほど過ごした後に1996年にフロリダ州立大に入学しましたが、もちろんこの時は1年生ながらすでに20代後半であり、周囲のチームメートよりも大人のお兄さんであったウィンキー氏はフィールド場でも非常に落ち着いたパフォーマンスを見せ、フロリダ州立大の快進撃に一役も二役も買っていました。

そして怪我から復帰した1999年度シーズンは前年度の憂さ晴らしとばかりにウィンキー氏並びにフロリダ州立大は開幕時からシーズン通してずっと1位を守り抜いて最後はバージニア工科大とのBCSナショナルチャンピオンシップゲーム(シュガーボウル)に勝利して12勝0敗で全米の頂点に立ち、またウィンキー氏もこの年ハイズマントロフィーを見事受賞して見せました。

その後ウィンキー氏はプロ入りしてカロライナパンサーズへ入団しますが、プロの世界では鳴かず飛ばずで残念ながら2007年を最後に現役から引退します。その後はコーチングの道へ進み、昨年はアラバマ大のオフェンシブアナリストとして彼らの全米制覇に貢献していました。

そのテネシー大とっていわく付きとも言えるウィンキー氏を彼らがコーチとして起用したというのは(しかもその前年度は彼らの最大のライバルであるアラバマ大に従事していた)何かの因縁を感じてしまいます。もっともテネシー大の新監督ジェレミー・プルイット(Jeremy Pruitt)監督は去年までアラバマ大でディフェンシブコーディネーターを務めていたことを考えると、知った顔のウィンキー氏を自身のスタッフに起用したのは頷ける話ですが。

それにしてもつい先日にもお伝えしましたが、アラバマ大からウィンキー氏がテネシー大へ移籍するのと時を同じくして、元テネシー大監督のブッチ・ジョーンズ(Butch Jones)氏がアラバマ大陣営へ移籍するかもしれないというのはこれこそなんの因果か、という感じですよね。

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