サウスポーQB絶滅の危機?

NFLの2016年度シーズンは近代史において左利きQBが全く登場しなかった初めてのシーズンだったそうです。昨年度の登録選手の中で左利きQBはダラスカウボーイズのバックアップであるケレン・モアー(Kellen Moore、元ボイジー州立大)ただ一人でしたが、彼がシーズン中に登場する機会は全くなかったのです。

2010年デンバーブロンコスはドラフト第1巡目にフロリダ大出身の左利きQBティム・ティーボ(Tim Tebow)を指名。同じドラフトでニューオーリンズセインツが同じく左利きのQBショーン・キャンフィールド(Sean Canfield、元オレゴン州立大)を選択しましたが、二人とも現在はフットボール界から足を洗っています。以来プロリーグでは81名のQBをドラフトしてきましたが、サウスポー選手は未だ現れていません。2017年のドラフトでプロ入りを果たした全25人のルーキーQBも皆右利きです。

一般的に左利きの人間は世界で1割ほどしかいないそうですが、現時点でNFLの左利きQBの割合はたったの0.9パーセントにしかならないのです。

昔からアメフトを追っかけてきた方にすればこれは少々驚きの数字かもしれません。例えば往年の名QBケン・ステイブラー(Ken Stabler、元オークランドレイダースなど、元アラバマ大)、スティーブ・ヤング(Steve Young、元サンフランシスコ49ers、元ブリガムヤング大)は左利きQBであり、すでにプロフットボール殿堂入りを果たしていますし、4度のプロボウル選出に1988年度にはMVPまで獲得したブーマー・エシアソン(Boomer Esiason、元シンシナティベンガルズなど、元メリーランド大)、3度のプロボウラー、マーク・ブルネル(Mark Brunell、元ジャクソンビルジャガーズなど、元ワシントン大)、マイケル・ヴィック(Michael Vick、元アトランタファルコンズなど、元バージニア工科大)、ジム・ゾーン(Jim Zorn、元シアトルシーホークスなど、元カリフォルニア工科大ポモナ校)など、左利きでもプロリーグで活躍したQBはいたからです。

確かに左利きQBは全体からしたら超少数派でした。しかし2015年度まではそれでも最低一人は左利きQBがリーグに存在していたのです。

なぜ左利きQBが絶滅の危機に瀕しているのか・・・それを少し検証してみましょう。

左利きQBからのパスは捕り辛いから?

WRにとって左利きQBからのパスは捕り辛いのでしょうか?それは左利きのパンターから放たれるパントが右利きのパンターからのそれとは逆のスピンがかかっているのと同じように、左利きQBからのパスも右利きからのそれと球質が違うようです。前述のモアーもそれを証言しています。

「確かに左利きQBの投げるボールは普通とは変わっています。例えば右利きQBがフェイド気味やドリフトするボールを投げるとすれば、左利きQBが投げるそれは全く逆回転がかかるのです。個人的にはこのことは決定的な事実だとは思いません。左利きQBが投げるボールだからWRが捕球できないという訳ではないはずです。ただ、もし左利きQBからのパスを一度もキャッチしたことのない人がそれを捕球しようとしたら、おそらくそれは少し違うと感じるかもしれません。ただ、もしそうだとしても何度もそのようなパスを受けていれば慣れていくものです。」

事実、モアーはこれまでWRから左利き特有の回転のかかったボールに関して文句を言われたことはないと言っています。もし左利きの回転がかかったボールが取れないWRがいるとすれば、それはボールの回転どうこうというよりもそのレシーバーのキャッチ能力を疑問視するべきです。

左利きQBを守るのが難しすぎるから?

右利きQBの場合、ボールがスナップされてポケットの中にいる間は大抵左肩を進行方向に向け、右肩は後方を向いています。そして体は自然と右向きになるものです。そうなると自ずと左側の視界がおろそかになりやすくなります。WRにボールを投げるまでの間QBはどのWRがオープンになるかを探すことに意識を集中させますから、左側からのパスラッシュはQBの死角となるのです。この場合オフェンシブラインの左側を「ブラインドサイド(死角)」と呼びますが、QBをこの死角からのDLのアタックから守るためにブラインドサイドには大抵オフェンシブラインの中でももっとも優れた選手が配置されます。

しかし左利きQBの場合は死角が全く逆になり、ブラインドサイドも左ではなく右側になります。右側からくるDLを防ぐのと左側からくるDLを防ぐのは似ているようで異なります。特に左側のブラインドサイドを守るのに特化しているOLにとっては右側を任されるのは簡単なことではありません。つまり、稀にしか現れない左利きQBのためにOLのシステムを変えるのは困難である。だから左利きQBがいなくなりつつあるのだ、と。

しかしこれに関してもモアーは懐疑的です。

「この左と右のブラインドサイドの話も左利きQBに関して言えばそこまで重大なことではないと思います。近代のフットボールでは優秀なタックルは左だけでなく右にも必要になってきています。というのはディフェンス側はバカではありませんから、もし左側に最強のタックルがいたとしたら、右サイドからQBをアタックしていくからです。」

それを防ぐためにブラインドサイドだけでなく逆側も完璧に防御するために優れたタックルを配置するはずです。だからQBが右利きだろうが左利きだろうがオフェンシブラインの両サイドをガッチリとガードするようOLを構成するのです。よってブラインドサイドの件が左利きQB減少に大きく関わっているかどうかは疑問であると言えます。

左利きQB用のオフェンスは組み立てづらいから?

右利きQBと左利きQBでは作戦の立て方も異なるものなのでしょうか?ヒューストンテキサンズのQBコーチ、ショーン・ライアン氏はこう語っています。

「プレーアクションや一番単純なフェイクプレー、そして選手にとってもっとも得意なプレーを考えるとき、通常は自然と右利きQBを前提として考えるものです。だから左利きQBをプレーさせる場合、その左利き選手にあったプレーを考えなければならないのは確かに障害となり得るかもしれませんが、実際それは障害と呼ぶほどのものですらなく、頭の片隅でちょっとだけ気に留めておく程度で十分なのです。」

またシンシナティベンガルズのオフェンシブコーディネーター、ケン・ザンピース氏はもっとはっきりと結論を述べています。

「作戦を立てる上でQBの利き腕のことは全く影響しない。我々が考慮するのはQBの利き腕がどちらかということではなく、どのようにしたら結果を残せるかということであり、それがチームを勝利に導くからです。」

どうやらこれもサウスポーQBがいなくなった理由にはならなそうです。

左利きQBは野球選手になってしまうから?

「もしあなたが左利きだったらフットボールなどやらずに野球の世界へ進んだ方が賢い選択だ、という冗談をよく言います。確かに左利き投手は野球の世界に向いていますからね。」とモアーはは笑います。

ただ、これはあながちだたの冗談ではなさそうです。現在プロ野球のメジャーリーグでは全チームに最低でも左利き投手が一人は在籍していますし、バッターにとって右投手からの球を見慣れていると言う理由から左利き投手のボールは目が慣れていないせいか打ちづらいものなのです。だから大リーグではサウスポーピッチャーが重宝される傾向にあります。

ではやっぱり野球界がアメフト界からサウスポー選手を引き抜いているのでしょうか?

前述のザンピース氏は「左肩でいいボールが投げられる選手は早い段階から野球一筋になりフットボール選手として成長するだけの時間を費やすことがないのではないか」と予想を立てています。確かに彼の予想は野球界で左利き選手が多い(25パーセント以上の投手がサウスポーと言われています)と言う説明になるかもしれませんが、この事実は今に始まったことではなく、昔から左利き投手が野球界に進むと言う流れはあったのです。だから、今になってなぜ左利きQBが少なくなったのかを説明する理由にはならなそうです。

左利きQBは先発QBとしてのみ大成するから?

これまでの4つの仮説では最近の左利きQB氷河期の理由を解きあかせずにいますが、今度はちょっと趣を変えて左利きのバックアップQBに目を向けてみましょう。

1970年以来合計29人の左利きQBがNFLでプレーしてきています。そのうち28パーセントが既出のような成功した左利きQBです。さらに結果的に成功はしなかったものの、ドラフトで第1巡目に選ばれたトッド・マリノヴィッチ(Todd Marinovich、元ロサンゼルスレイダーズ、元サザンカリフォルニア大)、ケイド・マクナウン(Cade McNown、元シカゴベアーズ、元UCLA)、マット・ライナート(Matt Leinart、元アリゾナカーディナルズ、元サザンカリフォルニア大)、そして前出のティム・ティーボらも含めればこれだけの左利き選手が先発要員としてプロ入りを果たしているのです。

一方ドラフト外からのリーグ入りを経て実際の先発QBにまでなった左利き選手は前出のゾーンを含めたったの5人しかいません。

これは今のプロリーグが先発の可能性がない左利き選手はあえてドラフトしないという傾向にあるからではないでしょうか?右利きの先発QBがいたとしたら、そのバックアップをあえて左利き選手にはしないという意図です。

これに関してモアーは確かにそのようなことをNFL関係者から聞いたことがあると話しています。

「選手が左利きだからという理由でドラフトしないのではない。すでに確立された右利きQBがいるチームなら、彼のバックアップとなるQBは攻撃システムをスムースに継がせるために左利きよりも右利きQBの方が理にかなっている。だからバックアップとしてわざわざ左利きQBをドラフトはしない、という事らしいです。」

つまり先発が約束されいるような能力の高いサウスポーQBでなければドラフトされづらいというわけです。

モアーはカウボーイズでは現在先発QBで右利きのダーク・プレスコット(Dak Prescott、元ミシシッピ州立大)のバックアップを勤めていますから、このセオリーからすれば外れていることになります。しかし、モアーを含め近代NFL史で左利きのバックアップQBが15名程度しかいないというのは偶然ではないのかもしれません。

前述のテキサンズのライアン氏はQBの利き腕がどちらかということよりも選手としての質の方が重要であることを認めつつも、左利きのバックアップQBであることはプロで生きていくには不利であるかもしれないと言っています。

「もし仮に同じ能力のQBが二人いたとしたら、先発QBに極めて類似する方をバックアップに選ぶことでしょう。」

これまで1シーズンに合計5人以上のサウスポーQBが登録されていたことはありません。が、何度もいうように少なくとも1人は先発QBとして左利き選手が活躍してきました。たとえ左利きのバックアップがいなかったとしてもです。しかし今ではこの様子が逆転してしまいました。先発の左利きQBが皆無となり、唯一残ったのがたった一人のバックアップ(モアー)になってしまったのです。

たまたま左利きQBが今年現れなかっただけ?

確かに昨年は左利きQBが一人もプロリーグでパスを投げることはありませんでした。そしてこれまで挙げてきたこの変化への仮説も結局のところ明確な答えを示してはくれませんでした。

ここ最近でもっともセンセーショナルだったサウスポーといえば2000年台前半に活躍し時の人となったヴィックぐらいです。彼は闘犬のスキャンダルが起きるまでは若い高校生や大学生が憧れるQBでした。しかしこれからの若い選手にとって彼はすでに過去の人です。また大学時代カリスマ的存在だったティーボもファンやメディアの関心を集めたもののプロで成功を収めたとは言い難いです。つまり現在のプロリーグにはこれから高校や大学でフットボールをしようとしている若きサウスポーたちが目指す「先輩」が存在しないのです。

ただだからと言って若い世代にも左利きの有能QBがいないというわけではありません。

例えば先日ノートルダム大からフロリダ大へ転校し、先発の座を狙うマリク・ザイール(Malik Zaire)、ミドルテネシー州立大の機動系QBブレント・ストックスティル(Brent Stockstill)、アラバマ大の新入生であるトゥア・タガヴァイロア(Tua Tagovailoa)、さらには来年ミシシッピ州立大入部を口頭で表明しているジャレン・メイデン(Jalen Mayden)と言ったサウスポーたちがカレッジフットボール界で名を上げようとしています。

ただ、今挙げた若手たちがステイブラー氏やヤング氏のような器であるかどうかと言ったら定かではありません。ということは昨年から始まったNFLでのサウスポー氷河期はひょっとしたらしばらく続いていく現象なのかもしれません。しかしこの氷河期が長引けば長引くほどサウスポーQB絶滅が現実味を帯びてきてしまうのです。元ジャガーズのブルネルも「我々サウスポーQBは残念ながら絶滅危機種目なのです。今我々にはサウスポーという『火』を引き継いでくれる新たな選手が必要です。が、もしそのような選手が早く現れなければ、左利きQBは本当にアメフト界から絶滅してしまいます。」と現状を危惧しています。

【参考記事】Bleacher Report