陸軍士官学校を再建したモンケン監督

アメフトというスポーツは実に「アメリカン」なスポーツだと感じる事があります。おそらくそれは団結力だとか戦術だとかが関わっているのだと思いますが、その背後にはアメフト部特有の厳しい規律もあるのかもしれません。

アメリカといえば一般的に上下関係が厳しくなく自由な気質を思い浮かべると思いますが、スポーツ界、特に高校・大学のスポーツには日本の体育会系に見られる厳しさもあったりします。それは特にアメフト部に顕著なのではないでしょうか。そしてそれはアメリカのミリタリーにも通じるものがあるような気がします。

極限下でもチーム全員が一糸乱れず事なく目的のために行動する。このコンセプトを戦場ではなく士官学校で学ぶにはフットボールは絶好のツールだったに違いありません。だから士官学校でもカレッジフットボール創成期からチームが結成されたのでしょう。特に陸軍士官学校(アーミー)はまだ参加チームが多くなかった当初から彼らはその力を発揮し続け、第2次世界大戦中の1944年から46年に3年連続ナショナルタイトルを獲得するまでに至ったのです。

しかし戦後チーム数が増え、リクルーティングが激化していくと他の大学チームとのレベルの差が徐々に開き始めそれまでのような強さを維持する事が難しくなっていました。そして筆者がカレッジフットボールファンになりだした1990年代後半には勝ち越すことさえままならない残念なチームになり下がっていたのです。

しかしその負のサイクルを断ち切った人物がいます。現陸軍士官学校HCのジェフ・モンケン(Jeff Monken)監督です。

モンケン監督指揮下の陸軍士官学校のサクセス

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アーミーで4季目を終えたモンケン監督

昨年11月。いつも通り練習が行われた午後、モンケン監督が見守る中選手同士が乱闘を起こすシーンがありました。

練習中に選手同士が熱くなって喧嘩するなんてシーンはどのチームにでもあることです。が、モンケン監督はこの二人の選手を引き離すと激しく叱咤し、その後の練習参加を禁じてフィールドから追い出したのです。

このような有無を言わさぬ厳しさと鋼鉄の掟を持ってモンケン監督は弱小になり下がっていた陸軍士官学校を再生させたのでした。負け越しを繰り返し続けた過去20年間のフラストレーションがようやく解消され始めたのです。

モンケン監督が2014年度に監督に就任して以来彼はトリプルオプションオフェンスをチームに復活させました。トリプルオプションを成功させるにはチーム全体が戦術を理解し、その与えられたプレーを完璧に一人一人がこなす必要があります。それは簡単なことではありませんが、モンケン監督の改革によって「過去の産物」とされているオプションオフェンスでも結果を残せるようになってきました。

11月の時点で陸軍士官学校は6勝2敗。敗北したのはオハイオ州立大トゥレーン大のみ。この時点ですでにボウルゲーム出場資格を獲得していた彼らはアームドフォースボウルからの招待状を受け入れ2年連続でボウルゲーム出場を決めていたのでした。最後に2年連続でポストシーズンのボウルゲームに出場したのは1984年と1985年のことですから、このことが彼らにとっていかに凄いことかがわかると思います。

そしてこのボウルゲームでもテンプル大を打ち負かし、20年ぶりとなる二桁勝利(10勝3敗)でシーズンに幕を下ろしたのでした。それも重要なことでしたが、何よりも最大のライバルである海軍士官学校(ネイビー)から2連勝したことが一番彼らにとって爽快な出来事だったのでは無いでしょうか。2002年からネイビーに14連敗をくらい続けてきたアーミーは2016年にライバルを21対17で倒すと昨年ども14対13という僅差のゲームを制しました。これまでライバルと言われながら全く歯が立たなかったアーミーがついに宿命のライバルをギャフンと言わせたのですから。

チーム内外の変化

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チーム内外に大きな影響を及ぼし続けるモンケン監督

負けることに慣れてしまうとそれが普通になってしまうものです。そのサイクルを打ち破るのはなかなか簡単ではありませんが、負け組の体質をただし、それが結果として現れ始めたアーミーでは選手たち自身の意識も大きく変化しました。

「毎週行く先々で『次も勝って!』と言われると、背中を激励で叩かれている気持ちになります。私はチームが苦戦し続けていた昔の姿を知りませんが、キャンパス内の期待の高さはかつてとは比べものにならないのは感じ取ることができます。」とはLBのコール・クリスチャンセン(Cole Christiansen)。

また卒業生の元RBのジョー・ウォーカー(Joe Walker)氏も「試合に勝ちだすとキャンパスを歩いていても自然と背筋が伸びるものなのですね。また周りの学生たちもチームが勝ち続けることに非常に湧いています。こんなことは今までありませんでした。」と昨今のチームとその周りの環境の変化を語っていました。

確かにモンケン監督がやってきた当時のアーミーフットボール部の状況は芳しくありませんでした。1996年に当時の監督であるボブ・サットン(Bob Sutton)氏指揮下初の10勝を挙げるもその後は負けるのが当たり前のようなチームになり下がっていました。2003年にはとうとう0勝13敗と全敗シーズンを送ってしまい、モンケン監督の3季目であった2016年に8勝5敗と勝ち越すまで過去19年間で勝ち越したのは2010年の7勝6敗の1シーズンのみでした。

モンケン監督はアーミーの監督に就任する以前は当時FCS(フットボールチャンピオンシップサブディビジョン、現在はFBSに昇格)だったジョージアサザン大にて3年連続二桁勝利シーズンを納めていた敏腕コーチでした。その手腕を買われてアーミーが所在するニューヨーク州のウエストポイントへやってやって来たモンケン氏でしたが、彼でも最初の2年間は苦戦したものでした。初年度の2014年にはFCSのアイビーリーグ所属のイェール大に敗れるなど大恥をかき、また翌年の2015年には2勝10敗と初年度を下回る戦績を収めていたほどです。

しかし2015年の敗戦ゲームを見ると10敗のうち6敗は僅差での敗戦であり、大敗シーズンの中にも一筋の光明を見ることができたのです。その当時を振り返ったモンケン監督はこう語っています。

「我々はチームが立ち直るまであと少しのところまで来ていることは分かっていました。我々は強いチームに生まれ変われるんだ、と。選手たちはそのことを信じて戦い続けてくれました。その選手たちの気持ちの変化が我々の目指すものに近ついて行っているのを肌で感じることができました。当時我々は24人の1年生を起用していました。その彼らは今では3年生になり、『絶対に勝てる、強くなる』という彼らの信念が現実のものとなっているのです。」

もちろん選手たちもチームが良い方向に方向転換していることを喜んでいますが、同時にそれは必然だったと信じています。LBのジェームス・ナッチガル(James Nachtigal)もそう思っている選手の中の一人です。

「我々はようやく弱小チームから戦えるチームに変化したのです。そしてチームの皆が自分たちの信念を曲げないことでチーム内でのブラザーフッド(兄弟愛のような強い絆)が強くなりました。4年生はどうやったら試合に勝てるかを知るようになり、私たちは勝つことを前提として試合に臨めるようになったのです。」

「リビルド」から「リロード」へ

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昨年ライバルのネイビーに勝利して同カード2連勝を果たしたアーミー

モンケン監督がアーミーにもたらした新たな光は確実に実を結んでいるわけですが、そのモンケン監督を招聘した体育局長のブー・コーリガン(Boo Corrigan)氏も新監督としてモンケン監督を選んだことに大変満足しています。

「彼は私が思った通りの人物でした。彼なら必ずやチームに新たな息吹を吹き込んでくれると信じていたからです。」

チーム内の風紀、選手たちのモチベーション、そして団結力。全てを変えてチームを再生したモンケン監督の手腕は確かなものですが、今後はこの勢いを持続できるかどうかにかかっています。前出のサットン氏は1996年に二桁勝利を収めてその年の最優秀監督賞を受賞しましたが、その後3年間負け続けて解雇されてしまったという過去があります。何もそれはアーミーに限ったことではありませんが、せっかく築いたモメンタム(勢い)を殺したくはないなずです。

もともとトリプルオプションオフェンスが大好きな筆者にとって、現在そのオフェンスの存在自体が稀有となっている現状で、それを駆使してチームが復活しているアーミーのフットボールを見るのはなんとも爽快です。叶うならこのまま彼らにはそのトリプルオプションを駆使してカレッジフットボール界に風穴を開けてもらいたいものです。

【参考記事】Army’s Jeff Monken has built Black Knights into a winner