カレッジフットボールの光と陰〜マウリス・クラレットの場合

RBマウリス・クラレット(Maurice Clarett)という選手を覚えている人はいるでしょうか。

オハイオ州出身で高校時代に名を馳せたクラレット氏は2002年にオハイオ州の旗艦大学であるオハイオ州立大に鳴り物入りで入学。1年生ながら1237ランヤードを足で稼ぎ、オハイオ州立大での1年生としての最多ランヤード記録を樹立。そしてそのシーズン、クラレット氏率いるオハイオ州立大はBCSナショナルタイトルゲームへ進出。そこで見事マイアミ大を2度のオーバータイムの末に31対24で撃破。1970年以来32年ぶりの全米制覇を成し遂げたのです。

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2002年度のナショナルタイトルゲームで決勝点となるTDを決めたクラレット氏

1年生ながら馬車馬の活躍で一世を風靡したクラレット氏。その後も華麗なるカレッジキャリアを歩むと誰しもが思いましたが、彼に待っていたのは転落人生でした。

凋落の始まり

全米でもトップクラスのリクルートだった彼は当然ながら大きな注目をあびることになりましたが、それが彼を助長し様々な問題を起こしていました。そして一番の事件は侵入窃盗疑惑に関して警察に虚偽の事実を話していたことがバレたことでした。このせいでクラレット氏は退学処分となり、オハイオ州立大でのカレッジキャリアはたったの1年で終わりを告げたのです。

彼は大学を追われた後に西海岸へ移りNFL早期ドラフト入りを目指しますが、ドラフト入りに関する必要事項を満たしていないことを理由に裁判の結果ドラフト入りは叶わず、結果彼は2005年までそのチャンスを待たなければならなくなります。しかし彼はここで当てのないトレーニングを毎日積む傍ら、薬物にも手を染めていったといいます。

2005年のドラフトではデンバーブロンコスから第3巡目というかなり高順位で指名されますが、シーズンが始まる前に最終ロースターに残ることは出来ずに放出されてしまいます。

そして2006年1月には銃を使った強盗事件を起こして自首。そして起訴猶予中の8月に道路交通法違反で逮捕されてしまいます。しかもこの逮捕の際に日本刀(斬馬刀だったらしいです)や装填済みのAK47類の銃なども保持しておりこれが銃刀法違反に触れて(当然ですが)更に事態を悪くします。

これらのことでクラレット氏の保釈金は110万ドル(1ドル100円計算で1億1000万円)にまで膨れ上がります。これは後に取り払われ、代わりにクラレット氏は精神鑑定に回されることになります。

結局クラレット氏は7年間の刑務所入りを言い渡されますが、素行が認められて2010年に出所を許されたのでした。

2002年に全米の注目を浴びた中でオハイオ州立大のタイトル獲得に大いに貢献したクラレット氏の大いなる転落人生。それは高校時代から有能リクルートとしてもてはやされ、それが彼の人生を狂わせ負のサイクルにハマっていった・・・と見てまずは間違いなさそうです。あの当時の彼の活躍を覚えている方からすれば、彼の天国と地獄の人生は大変ショッキングなものです。

しかし、クラレット氏の人生はここで終わりません。

第二の人生

彼は出所後にユナイテッドフットボールリーグ(2009年から2012年まで存在したプロリーグ)所属のオマハナイトホークスでプレーしたり、更には2013年にオハイオ州立大があるコロンバス氏に本拠地を置くラグビーチームに入団するかという話が出たりしてスポーツに関わる行動も起こしていましたが、様々な間違いを犯して以来、彼の興味はスポーツだけにとどまらず、コミュニティサービスや若者の育成へと伸びていきます。

自身の経験談を話すことで同じような境遇にいる人達を救えないかと考えたクラレット氏は各地を回って講演会を開きました。そして2016年には「The Red Zone」という非営利団体を共同で立ち上げ、彼の地元ヤングスタウン市でそこに暮らす家族や行き場を失ったユース年代に救いの手を差し伸べるという活動を行っています。

彼がこのような啓蒙運動に足を踏み入れたのは3年以上に及ぶ収監生活があったからだそうです。

刑務所に服役中、クラレット氏は精神学やビジネス関連の本を読み漁り、自分の人生をやり直すことを決意。また刑務所の中から自身の人生を語ったブログを運営するなどし、自らの経験をシェアすることによってコミュニティに恩返しをしようと考え始めたのでした。

実は彼はオハイオ州立大を退学させられた頃からうつ病を患っていたのでした。それを隠すために酒やクスリに溺れていたのです。

「私が出所した時考えていたこと、それはどのように私の人生をやり直すかということと、同じような境遇にいる人達に救いの手を差し伸べられないかということでした。彼らのような人たちを刑務所送りにしないためにはどうすればいいか?何か別の方法はないのか?私はこのことについてもっと突き詰めていきたくなりました。もしそのような方法があるのであれば、私はその解決策の一部となりたかったのです。」とはクラレット氏の話。

2010年以来クラレット氏は刑務所、スポーツチーム、その他の団体で精力的に演説を行い、生きることの苦難、薬物依存、うつ病、そして人生を狂わせてしまうような間違った判断力など様々なトピックを自らの経験を交えて多くの人に伝えてきたのです。

2017年、彼はさらに司法の再編成(Justice Reform)という難題にアタックしていくことになります。これはまさに彼が身を挺して経験してきたことに基づいた行動といえます。特に精神的な病を持つ人物たちをどのように裁き更生させて行くかをクラレット氏は熱弁しています。

「精神病を患う人たちへの本格的なケアが整っていないのです。学校へ行けばそのような人たちは蹴落とされる。法廷と刑務所との関係を取り上げてみても認識に大きな隔たりがある。そういった人たちには出所した後に人生をやり直すためにしっかりとしたサポートが必要なのです。

「刑務所に入り出ていく人間たちにも家族はいます。そんな彼らの子どもたちは親が不在のまま成長することを余儀なくされます。これを放っておけば負の連鎖のサイクルが止まりません。また別の問題としてこの国では麻薬使用の問題も大きくなってきています。これらの問題を経済的、社会的問題としていつ取り上げるべきなのでしょうか?我々は何かをすべきなのではないでしょうか?」

これらの彼の言葉を見てみても、彼がどれだけ自分を省みて勉強し直し、そして自分が何をできるのかを模索して生まれ変わった姿を想像することが出来ます。

トレッセル元監督との親交

オハイオ州立大を現在率いているのはアーバン・マイヤー(Urban Meyer)監督ですが、クラレット氏はマイヤー監督との接点がありませんし、その他にも体育局内に彼の顔見知りはいなくなってしまいました。

しかしそれでも今でも連絡を蜜にしている過去の人物がいます。それはクラレット氏をオハイオ州立大へリクルートし、2002年のチームのタイトル獲得時の監督であったジム・トレッセル(Jim Tressel)氏です。

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トレッセル元監督とクラレット氏

トレッセル氏も愛弟子であるクラレット氏の転落人生に心を痛めていた人物の一人ですが、彼もまた2011年にNCAAのルール違反のせいでオハイオ州立大の監督の座を辞しています。そんな彼らが15年以上たった今も親交を深めているというのは興味深いです。

オハイオ州立大に32年ぶりのナショナルタイトルを持ち帰り、Big Tenカンファレンスでも5度の優勝を誇り、今のところチーム歴代3位の勝利数を誇るトレッセル氏。しかしその彼の偉業も先に挙げたルール違反(選手に金銭的便宜を図ったり、それを隠蔽したりしたこと)のためその評価は一変してしまいました。

それでもトレッセル氏はそこから立ち直り、現在はかつてオハイオ州立大で指揮をとる前に監督として活躍していたヤングスタウン州立大の大学長を務めるにまで至ったのです。因みにお気づきの方もいるかもしれませんが、ヤングスタウン州立大はクラレット氏の生まれ故郷にある大学です。

お互い師弟関係ながら自らの過ちから立ち直り新しい人生を切り開いていこうとしているところがひょっとしたら彼らを引き合わせているのかもしれません。

オハイオ州立大が2012年度シーズン中に2002年のナショナルチャンピオンチームをミシガン大戦のハーフタイムで称える事になった時、クラレット氏も招待されて約10年ぶりにキャンパスに足を踏み入れました。もちろんトレッセル氏もそのメンバーとして顔を連ねました。

「色々ありましたが今でもやっぱり私はオハイオ州立大の一員なんだと思っています。いい時も悪い時もありましたが、それでもこのチームと繋がっているような気がするのです。」

そう語ったクラレット氏。様々な浮き沈みを乗り越え、本当の意味で彼の第二の人生を胸を張って歩ける日もそう遠くはなさそうです。

まとめ

大学でいかに活躍しても皆がプロの世界へ飛び出せるわけでもありませんし、またプロの世界で長続きできるという保証もありません。フットボールしか知らない選手たちが選手でなくなった時、彼らが社会でどう対応していくのか・・・。大学時代にちやほやされてばかりだと、ときにクラレット氏のように未熟な判断のために一生を棒に振るという可能性も大いに秘めています。何もかもが全てそこにあるカレッジフットボールの世界。これはリクルーティングでは大きな武器になったとしても、選手の将来にとってはいいのか悪いのか・・・。それを考えさせられてしまいます。

一方で改心して第二の人生、新たなモチベーションを見つけることは非常に大事なことです。ミスをしない完璧な人間なんてこの世に存在しない。だからこそミスをしたときにそれを挽回できるような力を持っていたいものですね。クラレット氏のように。

 

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